第38話 家伝の秘宝

「今、一つの紫位の神玉がマラダイト=キングレーの手に渡っている。元はといえば、その神玉はエンゲルト家の遠縁にあたるニューギル家が受け継いできたものよ。でもね、ある日それをカニバリズムで奪われてしまったの。マクスファーはそれが悔しくて、何が何でもカニバリズムでその神玉を奪い返したいのよ。それが叶うか、彼自身が敗北するまで私達の戦いは終わらないってこと」

「そんなことのために、今まで何人犠牲にしたんだよ」

「君の気持ちはわかるけど、彼の前では言わないで。もちろん、他の神威衛士にも」

「俺はともかく、アーロやイシュメルは一部の門閥の都合だけでこんな無意味な戦いをして来たってことか?」

「仕方ないわ。彼らが生まれて背負った宿命ですもの。私達のように自分から神威衛士になった人間とは違うのよ」

 エリーレは立ち上がって伸びをする。

「君はもう帰りなさい」

「帰るって、セントラル・コミュニティにか? でもあそこは」

「いいえ、こんな人目につかない場所の方がよっぽど危ないわよ。それとマクスファーの肩を持つ気はないけど、その神玉は念のため大事にするべきだわ」

「考えるよ」

 タイチは肩を落とした。自分の神玉が無敵ならばありがたいが、同時に背負う責任も重くなる。まさか自分の神玉がそんな代物だったとは予想もつかなかった。

「テトラ姉ちゃんは、自分の神玉の秘密を知っていたのかな?」

 今となっては聞く事も出来ない疑問だった。


 タイチは出来るだけ平静を装ってセントラル・コミュニティに戻った。エリーレの読み通り、さすがに白昼堂々とタイチをつけ狙う物騒な輩はいなかった。それよりも神威衛士全体がざわめいて汲々としているようにさえ感じられる。

「もう、タイチ! どこに行っていたのよ!」

 セントラル・コミュニティの屋内に一際目立つ人だかりがある。そこは神威衛士に対する告知を貼り出す金縁の掲示板だった。その中からイシュメルの叱咤の声が藪から棒にタイチに降りかかって来たのだ。

「いや、ちょっとな」

「ちょっとって程じゃないでしょ? 寮にもいないし」

「よく知っているな」

 さては昨夜のうちにまたタイチの部屋に忍び込んだのだろう。

「別に、いいじゃない」

 イシュメルは視線を背けた。

「それより一体何の騒ぎだ?」

「マラダイト=キングレーが久々にカニバリズムに出場すると聞いて皆ピリピリとしているのよ」

「この前宣言した通りか」

「でも何でマラダイトは今までの沈黙を破って急にカニバリズムに出て来たんだろう」

「さあな。それより神威衛士の方からは誰が出るんだ?」

「マクスファーよ。でも大丈夫かしら。相手は赤の帝都で幻鬼術師を牛耳る親玉だし、それに向こうは二人掛かりで攻めてくるのよ」

 カニバリズムの対戦は必ずしも一騎打ちで戦う必要はない。力量に自信がなければ助太刀をつける事も出来るし、逆に敵の助太刀も甘受せねばならない。

「二人か。誰が出るんだ?」

 タイチは掲示板の真ん中に貼られたカニバリズムの対戦日程に目を凝らした。マクスファーの名前の右側に対する幻鬼術師の名前が記されている。その下の対戦相手の名前は更にその下に載っている。

「タイチ?」

 タイチの顔が戦慄に染まる瞬間をイシュメルは目の当たりにした。特にイエロードッグを倒したタイチがなぜこんな表情をするのか、イシュメルは漠然とした不安に襲われたことだろう。なぜならば彼女は、掲示板でマラダイトと名前を並べる『ノルガ=ギストリ』という幻鬼術師の名前に特別な因縁を持っていないからだ。

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