第37話 猜疑心

 話の場所に選んだのはタイチがミハと密通する酒場である。いつぞやエリーレが幻鬼術師と大立ち回りを繰り広げた酒場である。エリーレは店の中を一通り見まわして、店主に幾らかの金を渡した。黙ってそれを受け取った店主は店に一人残っていた酔っ払いを起こすと店じまいの看板を吊るして戻ってきた。

「そんなに大事な話なのか?」

「少なくとも幻鬼術師には聞かれたくない」

 エリーレは窓の外を確認すると机に座った。

「それで、どこから話せば君にとって理解がしやすいかしら?」

「そうだな。まずはマクスファーが俺をカニバリズムから遠ざける理由を教えてくれ」

「やっぱり、わかっていたんだ」

 エリーレは苦笑いする。

「当然といえば当然ね。君は私の難関試験をクリアしたんですもの。それに、既に幻鬼を倒してまでいるからね。いいわ、教えてあげる。《七階説》って知っている?」

「七階説?」

 タイチは首をかしげた。

「じゃあ、神玉等級のことは知っているのよね?」

「知っているさ。神玉の色によって強さに序列があるってやつだろ? 一番上が紫位で、次が青位、緑位、黄位、橙位、赤位だったな」

「その各等級の神玉が幾つあるかは?」

「確か、上位の神玉が七つの下位の神玉を作るんだったな」

「その通りよ。紫位の神玉が七つだとすれば、その下の青位の神玉が四十九個、そしてその下の緑位の神玉が三百三十二個」

「ん? 緑位の神玉は三百四十三個じゃないのか?」

 エリーレは空咳をした。

「え、そうだったかしら?まあ、算数の講義をしているわけじゃないから深入りはしないけど、神玉等級が一つ増える度に神玉の数は七倍になるってことはわかるよね?」

「ああ、そこまではな」

「それで、ここで何か気が付かない?」

「最上位の神玉も七つある、ということか?」

「その通り。一番上の紫位の神玉も七つあるということが問題なの。これが何を意味しているか、わかるでしょ?」

「紫位の神玉より更に上の神玉があるかもしれない、そういうことか?」

「そう、しかも紫位の神玉が七つということは、その神玉はこの世界にたった一つしか存在しないはず。それを含めて神玉等級を全部で七段階と考えるのが七階説よ。ただ、紫位より上の神玉なんて誰も見たことがないから、その存在は半信半疑だわ。でも、少なくともマクスファーは七階説を全面的に受け入れている。そして、その持ち主をタイチ君だと思い込んでいる」

「俺が?」

 タイチは唖然とした。

「修了試験の時に私を追い詰め、他の神威衛士が手こずっていたイエロードッグをほとんど一人で倒したのよ。その規格外な強さの理由を他に説明できる?」

「でも俺の神玉は青かった。いくら幼い俺にもそれはわかる」

「どうしてそう言えるのかしら?」

 エリーレは泰然としていた。

「どうしてって」

「さっきも言った通り、紫位より上の神玉を誰も見たことがないの。だからその神玉がどんな色をしているのかもわからない。君の言っていた神玉は本当に他の青位の神玉なの? 色の濃さとか、他に違いはなかったの?」

 さすがにそこまでタイチが覚えているはずはなかった。今更他の青位の神玉を比較のために見せられても、検討の術はない。

「つまり、俺自身でさえ、俺の中にある神玉が何色をしているか断言できないということか?」

「それと大事なことがもう一つ。もし、マクスファーの考え通りに君の神玉が紫位より上だとすれば、それを奪われてはダメよ。そんな神玉で召喚した幻鬼は、もはや私達紫位の神威衛士でさえ対抗できなくなるから。マクスファーが君をカニバリズムに出場させないのは、万に一つのリスクでも侵したくないからよ。それでも君が手に負えないから、さっきの刺客を差し向けたのでしょうね」

「そうまでして、マクスファーはどうしてカニバリズムを続けたがる? 幻鬼術師は神威衛士と和解したがっているのに」

「彼の矜持よ」

 エリーレは今一度、周囲に目配せをした。幻鬼術師ではなく、神威衛士の立ち聞きを恐れたのだ。

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