第36話 助太刀

「がっ、何だ?」

 神威衛士は手元に違和感を覚えて自らの剣を改めた。剣は柄の根元から完全に折れて、まるで使い物にならなくなっていた。路地に面した屋根の上から飛び降りた何かが正確に、かつ綺麗な断面で厚刃の剣を斬り飛ばしたのである。

「貴様は!」

 呻くように声を漏らした神威衛士の前に、銀糸の剣先が突き付けられる。その先でエリーレは残る二人の敵に目を光らせていた。

「エリーレ=クレイゼル!」

「その子を離してここから立ち去りなさい。それとも、ここで左右別々の景色を眺めたい?」

 エリーレは凛とした表情のまま、神威衛士の顔面でキュースラの剣先を上から下に移動させる。

「おのれっ」

 神威衛士はミハを解放すると見せかけて、ミハの背中を蹴り飛ばした。つんのめったミハとエリーレが重なって体勢が崩れる。その好機を、後ろに控えていた二人の神威衛士は見逃さなかった。それぞれ手斧と短剣を振りかざして折り重なる二人の少女に容赦なく襲い掛かる。

「いい加減にしろ!」

 神威衛士の前に割り込んだタイチがヴィルテュの剣を一閃させた。斧を粉砕され、短剣を弾き飛ばされた神威衛士の身体はそれぞれ壁や柵にぶち当たって昏倒する。気の毒ではあるが、力を加減する余裕はなかったのだから仕方ない。

「なぜだ! なぜ貴様が紫位の神玉を手にするのだ! それはこの世界の神が帝都を守護する神威衛士のために・・・・・・」

「他人の命を何とも思わないお前達が帝都を守護するだと? 笑わせるな!」

 タイチの怒りの鉄拳が最後に残った神威衛士の鎧をひしぎ、その衝撃を全身に浸透させた。吐血した神威衛士は大の字になって倒れる。

「随分派手にやったのね」

 エリーレは先刻の戦いで荒らされた周囲と、倒れた神威衛士を見回した。

「俺達の力はこんなことに発揮するものじゃないはずなのに。でもエリーレ、ありがとう」

「気にしないで、借りを返しただけよ。それよりその子」

 エリーレは冷たい眼差しでミハを見下ろした。ミハは気後れして俯いた。彼女の前でタイチは腰を下ろす。

「商売は相手を選ぶのも大事だぞ」

「怒ってないんですか? タイチさん」

「今言った通りだ。お前は早く、家族の所へ帰ってやれよ。それに俺、帝都に来て間もない頃に色々教えてもらったのにすごく感謝している。その借りは、お金で返せるものじゃないから」

「タイチさん、お人好し過ぎですよ。貴方みたいな神威衛士ばかりだったら、今の赤の帝都はもう少し違っていたかもしれません。あ、そんなこと言っても私、商売は続けますからね! 恩人とはいえ、貴方からもちゃんと報酬を受け取りますよ! あしからず」

「わかっているさ。これからも頼むぜ」

 ミハは立ち上がると土埃を払って乱れた衣服を整えた。

「それじゃ、今度もよしなに」

 軽くウィンクすると彼女は大通りの方を目指した。

「全く、君はどうしてそんなに女の子に借りを作らせるのが得意なのかしら」

「人聞きの悪い言い方に聞こえるな」

「まあ、とりあえずあの子を返したまではよかったけど」

 エリーレは痛みに悶える神威衛士の上体を起こした。

「誰の差し金かはおおよその見当がつくけど一応聞いておくわ」

「誰がお前なんかに、貴様も同じ穴の狢じゃないか・・・・・・」

 神威衛士は目でエリーレに対する敵愾心を表現する。

「あら、それならいいわ。別に答えは知っているのよ。ただ、答えたら放してあげようと思っただけだし」

 エリーレの手に力が籠ると、腕をねじ伏せられた神威衛士は更に悶絶した。

「マクスファー様だ・・・・・・!!」

「やっぱりね」

「不羈奔放な俺が遂に邪魔になったっていうわけか?」

 タイチがそれを聞いた時には、神威衛士は意識を失って路上に這いつくばっていた。

「それもあるでしょうけど、実を言うと話はそれほど単純じゃないわ。どうかしたの?」

 エリーレはタイチの凝視する視線を感じた。

「エリーレさん。頼みがあるんだけど、そろそろ教えてくれないか? まずここへ俺を助けに来た理由。そして、こいつ等やマクスファーが俺に隠している何かがあるんだろう?」

「いい勘ね。まあ、君が疑義を抱くのも仕方ないかもね」

 エリーレは周囲に危険がないのを確認すると立ち上がった。

「そろそろ君にもあの事を教えるべきかもしれない。心の準備はいい?」

 長い話になるとの事で、とりあえずタイチ達は場所を変えた。

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