第35話 奪い合い

「過分?」

「その神玉は我ら真正身分が持つべきもの。どこで手に入れたかは存じぬが俄か神威衛士の手に有って良いものではない」

「真正身分?」

 神威衛士達はタイミングを見計らったように哄笑する。

「そんなことも知らぬのか? 真正身分とは古より先祖伝来の神玉を守り通してきた正統な神威衛士の家系よ」

 つまりアーロやイシュメル、マクスファーのことである。

「貴様やエリーレ=クレイゼルのような成り上がりが神玉を持つだけでも嘆かわしい」

「エリーレさんは真正身分じゃないのか?」

 以前にエリーレの神玉に関する妙な噂をタイチは思い出した。

「左様、しかも奴は紫位の神玉を掠奪した身の程知らずの愚か者だ。その罪は万死に値する」

「言っておくけど俺は紫位じゃない」

「そうだな。貴様は紫位ではなかろう」

 神威衛士達は問答を続けつつ武器を構えて戦闘態勢に入る。交渉による回避は絶望的である。

「だとすると、真正身分以外の神威衛士は、青位の神玉さえ持つことを許されないというわけか?」

「戯言を」

 タイチにはその言葉の意味が分からなかった。しかし、神威衛士の言葉を深く吟味する余裕はなかった。背後の神威衛士が突然斬りかかってきたのだ。唯一剣を上段に構えた彼は仲間の中で最もタイチを仕留めやすい状況にあった。

「お前から来るのはわかっているんだよ!」

 タイチは素早く身を翻すと突き出した拳を神威衛士の腹部に激突させる。その瞬間、神威衛士の身体は後方へ勢い良く飛ばされて路地の壁に張り付くようにぶつかった。そしてだらしなく壁に身を預けるようにして項垂れた。

「野郎! 何て力だ!」

 やられた仲間を一瞥して振り向いた時、既にタイチは他の襲撃者の間を風のごとく颯爽とすり抜けた。そしてヴィルテュを鞘ごと払って一人の背中を薙ぎ、振り向いたもう一人の鳩尾を鞘の先端で突いた。タイチに打ちのめされた二人が倒れるのはほぼ同時だった。既に後方の支援を失った三人の神威衛士達は尻込みしてその場から全く動けなかった。

「俺はアンタ達の相手をしにここへ来たんじゃない。幻鬼を倒すだけだ。だがそれを邪魔するつもりなら、こっちにだって考えがある」

 タイチはヴィルテュの鞘を抜きはらって凄んだ。それだけで神威衛士達は路地の片隅に追いやられるように引き下がる。しかし連中の中で一番の実力を持つ神威衛士がたった一人、前に出た。勇気を出したのではない。彼の大きな手はミハの首を締め上げていた。

「武器を捨てろ。小僧。この女の命がないぞ」

「アンタ達はどこまで狡猾なんだ? 誇り高い真正身分がこんな真似をして恥ずかしくないのかよ!」

「全てはこの帝国の秩序を守るためだ。力を持つべきものが神玉も誉も手にするためだ」

「タイチさん、私貴方を裏切ったんですよ。ここで殺されても別に恨みはしません」

 意識を取り戻したミハが腹部に残る痛みをこらえながらタイチに目配せした。

「そんなこと、出来るものかよ」

 タイチはヴィルテュの剣を神威衛士の前に投げ捨てた。ヴィルテュは鎖とつながっていない。今のタイチは完全な丸腰である。

「その鎖もだ」

 神威衛士はタイチの背中で鞘に巻き付く鎖に目を遣った。言われた通りにタイチはそれも投げ捨てた。

「どうして? 私はあなたを文字通りこの人達に売ったのに、何の義理があるんですか? 今までの報酬はちゃんともらっているんですよ?」

「ミハ、お前には弟達が待っているだろ?」

「あっ」

「俺にとって、テトラ姉ちゃんは実の姉に等しい存在だった。そんな大事な人が突然いなくなる辛さが俺にはよくわかる。だから俺は、お前を殺させない」

「タイチさん・・・・・・うそ、神威衛士なんて、みんな自分のことしか考えていないと思っていたのに。私は」

 ミハの目から涙が溢れだす。

「何を言っておるのだ。それで貴様が死んでは元も子もないではないか」

「まだ死ぬと決まったわけじゃないぜ」

「愚か者め! わしは二十年前、ロタニア軍と戦って大勢の同胞の死を見てきたのだ。戦とはまことに、命の潰しあいよ。敵を斬った者は別の敵に斬られ、その敵は背後の味方に斬られる。そんな光景を何度も見てきたのだ。愚鈍な貴様に教えてやろう。人の命とは、まことに一振りの剣によって潰える儚いものだということを」

 神威衛士は剣を振りかぶった。その剣はタイチに振り下ろされるのではなく、ミハに襲い掛かる。

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