第34話 襲撃事件

 暮色に染まる空の下で、セントラル・コミュニティの尖塔が街に長い影を投影していた。マクスファーからはカニバリズムの出場停止という厳罰を受けたが、それは謹慎処分とは事情が異なる。だからタイチがミハと会うのは別に規則違反ではないのだ。

「急に呼び出してどうしたんだよ?」

 その影の下でミハはタイチを待ち構えていた。

「朗報です。タイチさん。遂に見つけました。あなたがずっと探し続けていた、蛇の頭の幻鬼を、です」

 周囲の空気が一気に張り詰めたような緊張感を、タイチは覚えた。



「いや、探すのに苦労しましたよ」

 恩着せがましく語るミハから報せを受けたタイチは夜気立ち込める帝都の路地を歩いていた。

「それは苦労掛けたな。でもどうしてこんな時間に?」

 この時間、今日予定されたカニバリズムの日程は全て終えている。その日も幻鬼術師の方が優勢だった。

「その幻鬼術師、今近くの酒場に居るんですよ。でも、その場で剣を抜いて斬りかかっちゃダメですよ」

「ああ、正式にカニバリズムを申し込む。その方が街で幻鬼を召喚される心配もないし」

 タイチの鼓動は次第に高鳴り始めた。やっと、十年間追い続けたテトラの仇が取れるのだ。そのためならばマクスファーの勧告など関係ない。仮に今回の件で赤の帝都から追い出されたにしても、テトラの仇さえ取れれば感無量である。

「それにしても、どうやってその幻鬼術師を見つけたんだ? ここに来てから俺もカニバリズムには目を光らせているけど、ソイツは全然現れなかったのに」

「えっ? それはもう、私には秘密の情報源があるんですよ」

 ミハは暗がりの路地を物怖じもせずに分け入る。人が一度に二、三人でやっと通れるほどの広さで、街灯の明かりはない。タイチもそれに続いた。

「そろそろですよ」

 先導するミハの声をタイチは聞いていなかった。それよりもタイチは路地の闇から発せられる異様な殺気を感じ取ったからだ。

「死ね!」

 路地に無造作に置かれていた樽の陰から何かが飛び出したと思いきや、タイチの視界が漆黒に覆われて月明かりさえも見えなくなった。物陰に潜んでいた襲撃者がタイチ目がけて着ていた外套を被せようとしたのがすぐにわかった。なぜなら赤の帝都の外で盗賊と戦い続けたタイチはこの種の姑息な暗殺術を熟知している。そうやって相手の視界を奪ったところを剣の一撃でつんざくつもりだ。だからタイチは素早く腰を落とした。案の定、漆黒の中から突き出た紫電の鋭い太刀が頭上を掠めた。

「ち、外したか」

 襲撃者は舌打ちをして、剣に貫かれたた外套を引きちぎる。その背後から金属が月明かりを反射する光がちらついた。襲撃者は甲冑をまとっていた。その正体は強盗でも通り魔でもなく、れっきとした神威衛士だった。

「いきなり斬りつけるとは穏やかじゃないな」

 タイチは毅然とした態度で襲撃者と対峙する。その間に月明かりの射す路地から二、三の長い影が伸びた。襲撃者の仲間が三人、タイチの背後を絶ったのだ。そして前方にもあと二人の仲間が加勢する。一対六、しかも三人ずつに分かれての挟撃とは、それほどまでにタイチを抹殺しなければ気が済まないようだ。

「ミハ、どういうことだ?」

 タイチは姿の見えないミハの名を呼んだ。この待ち伏せに彼女が関与していたことが今となっては明らかになっているからだ。ミハはすました顔で路地の中から躍り出る。

「すいませんね。私、タイチさん以外にも神威衛士の方々にお客さんがいるものでして」

「そういうことかよ」

 タイチは苦笑いした。私利私欲のままに生きるミハを軽蔑しているのではない。彼女のそういう一面を知りながら、今まで仲間だと錯覚した自分の甘さを痛感したのだ。

「そういうわけで、今回の所はご愛嬌というわけで」

 ミハはいそいそと神威衛士の一人に近づいた。そして掌を上にして差し出す。それを神威衛士はそれを睥睨した。

「何だ?」

「約束です。タイチさんをここまで連れてきたので契約成立です」

 どうやらタイチをおびき出す手引きの対価を求めているらしい。

「ご苦労だった。失せろ、町娘」

 ミハと神威衛士の間の空気で何かが屈折した。ミハは愛嬌のある笑顔を繕う。

「ご冗談を。私、神威衛士の皆さんに贔屓にして頂いていますけど、ちゃんとお代金は頂いているんですから。これが私の商売です」

「たかが小娘風情が偉そうな口を叩くな。我らは先祖代々帝都を守る、高貴な神威衛士であるぞ」

 神威衛士はミハに背を向けてタイチに剣を向ける。ミハは遂に難色を示して背後から詰め寄った。

「ちょっと、話が違うじゃないの!」

 鎧にしがみつこうとするが、神威衛士が軽く肩を振っただけでミハは路地の傍らに投げ出されてしまう。起き上がった彼女の目には激しい憎悪の感情が宿っていた。

「冗談じゃないわよ。これだから神威衛士は傲慢で、そのくせ幻鬼術師には全然勝てないし」

 毒気づいたミハの言葉に神威衛士が反応した。彼はミハの襟首をつかんで壁に押し付ける。ミハは必死に抵抗して手足をばたつかせるが、相手は神威衛士で彼女は平凡な人間である。力比べをしてもまるで勝負にならない。

「あら? 高貴な神威衛士のくせに、帝都の臣民を斬るの?」

 神威衛士の揚げ足を取ったミハは皮肉を込めて笑う。

「いや、お前にはもう一仕事してもらう。報酬はその時に払ってやろう」

「仕事って・・・・・・ぐっ」

 神威衛士の当て身を受けたミハは気を失って、神威衛士の肩にもたれかかった。

「卑賤な娘が金欲しさに神威衛士を闇討ちにした、そこを偶然通りがかった我々が成敗する。その筋書きを演じてもらう。さて、」

 ミハを乱暴に路傍に放り出した神威衛士達はいよいよ全員タイチに向かって身構える。

「知りたくはいないか? この女が貴様の首をいくらで売ったか」

「興味ないね、そんなことよりどうして俺を狙う?」

「貴様の過分な神玉を然るべき者の手に委ねるためだ」

 剣を正眼に構える先頭の神威衛士が厳かに語った。

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