第33話 目撃

「君達がカニバリズムでマラダイト=キングレーを目撃したというのは本当かね?」

「マラダイト?」

 後ろの神威衛士達がその名前を聞いて動揺する。

「ああ、フラウはそう呼んでいたし、今まで見た他の幻鬼術師とは違う、何かを感じさせた。いずれにしても、あの老人はただ者じゃない。それで、アンタに言伝を頼まれた」

「待ってくれ」

 マクスファーはタイチを制止すると背後に居た神威衛士達に手招きをした。席を外せという意味だ。神威衛士達は各々、一抹の不安を含めた表情でマクスファーの部屋から退出した。

「それで、その御老人は何と?」

 マクスファーは興味津々で机から身をわずかに乗り出す。

「和睦しなければ神威衛士を殺し続けると」

 聞いた通りからかなり簡略化しているが、大意は間違っていない。

「あの身の程知らずが」

 マクスファーは再度机から窓に振り向いた。

「それと、マラダイトの手下の幻鬼術師が妙な事を言っていた。それは幻鬼術師の側では神威衛士との提携を提案しているということだ。それは本当か?」

「嘘に決まっているだろう?」

 言わずもがな、といった感じでマクスファーは即答する。

「奴は不遜にも、我ら神威衛士を皆殺しにして神玉を奪い、帝国の地位を狙う俗物だ」

「それは、確かなのでしょうか?」

 イシュメルが細々とした声で聞く。

「万が一確かではなかったとしても、我らの同志は既に数多くを幻鬼術師に討たれてきたんだ。今更になって和睦など出来るはずがない」

「でも、だからってこれ以上犠牲を増やせば本当に対立の溝は取り返しのつかない所まで深くなりますよ!」

「既にそうなっている」

 マクスファーは何のためらいもなく答えた。


 その夜、眉月を見上げるタイチは誰もいないはずの部屋で人の気配を感じた。

「イシュメル?」

 近づく黒影は月下に照られたイシュメルの姿に変わった。神威衛士養成学院の寮も当然男女の区別はある。舎監に見つかれば大騒ぎだ。もっとも、今の彼女にとってはそれが些末に過ぎないのかもしれないが。

「ちゃんと御礼、言ってなかったよね?」

「イエロードッグを倒したことか? 気にするなよ。俺達三人で共闘したんだから」

 会話はそこで一旦途切れた。

「なあ、聞いてもいいか?」

 タイチはイシュメルに適当な場所に座るよう促す。イシュメルは部屋の中に唯一置かれた椅子に静かに腰かけた。

「フラウが新しい幻鬼を召喚しようとした時、イシュメルはどうして止めたんだ?」

 イシュメルは特に表情を変えなかった。彼女自身、いずれタイチに質されるのを見越していたのだろう。

「そうだよね。おかしいよね。神威衛士が幻鬼術師を助けるために味方を攻撃するなんて」

「咎め立てする気はないけど」

 イシュメルはぼんやりと窓の外に視線を投げた。そこに、遠い過去の風景が広がっているかのように。

「前に話したよね? 私、家から緑位の神玉を受け継いでこの学院に来たって。でも、本当は私がこの神玉を持つはずじゃなかったの。私ね、フォーゼス家に兄がいたの。家の慣習からすれば、神玉と家督はその兄にあるはずだった。でもね、兄はそれを受け継げなかったの」

「どうして?」

「幼かった私は当時の記憶がないのだけど、兄は武芸と学問に優れながら少々強引な性格があったらしいわ。だから他の家から悪い評判が立って、前当主も兄に家督を譲るのを思い留まったの。もちろん、兄からしてみれば言いがかり以外の何物でもなかった。ましてや専横な兄の性格よ。兄は自分を疎んだ神威衛士の世界そのものを憎んだわ。そして私に神玉が渡ると同時に失踪。それが今は、幻鬼術師の中に兄の姿を見出したという目撃情報がある」

「じゃあ、あのフラウって」

「兄の顔がどうしても思い出せないの。幻鬼術師の側についたとなれば、名前だって変えたかもしれないし。でも、私達が戦ったフラウ=ホーリットは多分違うと思う。だって本当に兄だったら、私達を容赦なく殺していたはずだもの」

「じゃあ、俺を止めた理由って」

「あの時のタイチは、本気でフラウ=ホーリットに殺意を抱いていた。ねえ、タイチって幻鬼術師を抹殺しようなんて考えていないよね?」

 タイチはかぶりを振った。

「まさか。それじゃあ、俺の村を襲った幻鬼術師と同じだ」

「本当に?」

「約束するよ。俺は幻鬼以外を斬らない。そんなことは、テトラ姉ちゃんだって絶対に望まないし」

「テトラ?」

「俺を守るために命を懸けてくれた神威衛士だ。この神玉も、元はといえば彼女の物だった」

「ねえ、その人って、何か変じゃなかった? 他の神威衛士と比べて」

 イシュメルが身を乗り出した。

「テトラ姉ちゃんが? 別に変ってはいなかったけど、ただ他の神威衛士よりも強かったのは確かだ。あの辺りでは一番偉い地位にあったみたいだし」

 子供というのは憧憬の対象を特別視するものだ。テトラのずば抜けた強さも、幼少期のタイチの中で多かれ少なかれ誇張されているのかもしれない。それを踏まえると、テトラは他の神威衛士と大差なかったのだろう。

「本当に、それだけ?」

「何でそんなことを?」

 タイチが聞き返すとイシュメルは言葉に詰まった。

「何でもない。今日はごめんね。お休み!」

 窓を開け、窓枠に乗ったイシュメルは外へ飛び降りた。タイチはイシュメルの真意を測りあぐねたまま、暫く夜風を部屋に流し込んでいた。

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