第32話 疑い深い凱旋
「この勝負、神威衛士の勝利として決着したはず。何ゆえに次の幻鬼を召喚するか」
マラダイトの厳然たる顔つきに、フラウは卑屈そうに視線を下に向ける。
「あの者は、何か得体の知れぬ強大な力を持っております。いずれ幻鬼術師にとって大きな恐怖となり得ます」
「わしが聞いているのはそのような事ではない。お主がカニバリズムの規則を侵してまで、あの者を討ち果たす理由を聞いておるのじゃ」
「質問の、意味が分かりません」
「どんな神玉を持つにしても、このマラダイト=キングレーにとっては蟷螂の斧が一本増えたようなもの。お主が空騒ぎする必要もないということじゃ」
マラダイトの言葉は決してはったりではない。そう感じさせるだけの妖気みたいな何かが言葉に信憑性を与える。
「神威衛士よ。この戦い、正真正銘の貴殿らの勝利として認めよう。だが、帰ってセントラル・コミュニティに坐するマクスファー=エンゲルトに伝えるがよい。和睦の道を望まぬとなれば、神威衛士の側に更なる犠牲が増えるだろうとな」
「何だって?」
アーロ達は慄然とした。
「では、戻るとしよう。フラウよ、お主の処遇は追って通告する」
「・・・・・・心得ました」
フラウはしおらしくなってマラダイトに続き、闘技場を出た。
「生き残った」
タイチはヴィルテュを地面に落として座り込んだ。勝ったなどと喜ぶ気には到底なれないくらい、ギリギリの戦いだったのだ。
「アーロ、大丈夫か?」
座り込んだままタイチはアーロに視線を向ける。命に関わる怪我ではないが、それでも安静が必要なくらい、アーロが一番重傷だった。しかし、彼の顔面が蒼白だったのはそれだけではない。
「どうしたんだよ?」
「今のマラダイトの言葉聞いていなかったのかよ?」
「聞いていたけどそれが?」
「あのマラダイト=キングレーはね、幻鬼術師の中で唯一紫位の神玉を持っているのよ。五年前からマラダイトはカニバリズムに現れることはなかったのに、それが参戦するってことは」
「終わりだ。誰もマラダイトには勝てない」
観客の熱気の中心で、タイチ達はおぞましい戦慄の悪寒を感じたのだった。
セントラル・コミュニティに戻ったタイチ達が、プライドの高い神威衛士や養成学院の候補生達から賞賛されるはずなど、あるわけがなかった。
「本当にアイツ等がやったのかよ?」
タイチを避けるように路脇に反れる彼らの中からはそんな懐疑的な声さえ聞こえた。それが事実でなければ、タイチがそこに居るはずがないという事を重々承知しながらも、イエロードッグに対するタイチの勝利はなお受け入れがたいものだったのだ。
「入りたまえ」
タイチは見覚えのあるドアを再びノックする。マクスファーの声が中から響いた。既にアーロとイシュメルの両名が部屋の真ん中に立ち、白い日差しの射しこむ窓の傍の机の上でマクスファーが両手を組んでいた。
「ここに呼ばれた理由はわかるな?」
タイチが部屋に入るとマクスファーの側近として働く神威衛士が扉を閉めて三人の退路を塞ぐ。
「わかっているさ」
真ん中に立つタイチが堂々と答えた。
「では、君達の行いがこの神威衛士養成学院の規則に抵触するという自覚は?」
「待ってくれ!」
傍らに立つアーロが向かい合うタイチとマクスファーの間に入る。
「何だね? アーロ=イトモス君」
「イエロードッグを殺ろうと言い出したのは俺だ。タイチは巻き込まれただけだ。処罰は俺だけにして、二人は無罪放免にしてくれ!」
「相変わらず君は身の程を知らないな。そんな要求を出来る立場にあると思っているのかね? それはさておき・・・・・・」
「私にも意見させてください」
仏頂面のイシュメルが口を開いた。
「今回のカニバリズムに参加したのは私達三人です。でも、事実上イエロードッグと対抗できたのはタイチだけでした。彼が居なければ、私たち二人は今頃イエロードッグに殺されていたでしょう。そこまでに実力のある彼をどうして神威衛士として認めないんですか?」
「そう、僕が言いたいのはまさにそのことだ。タイチ=トキヤ、君は確かこの神威衛士養成学院に、橙位の神玉を持つA組として入学してきたね。その君が自分より上位の神玉を持つイエロードッグをどうして倒すことが出来た?」
「質問の意味は分かるな?」
タイチの背後に立つ神威衛士達が半身の構えを取る。
「俺は、本当は青位の神玉と同化している」
「タイチ?」
イシュメルがタイチの顔を覗き込んだ。アーロはじっと前を見つめたまま拳に力を込める。
「問題はそれだよ。神威衛士にとって一番やってはいけないことは、自らの神玉等級を偽ることだ。神玉等級はすなわち神威衛士の身分秩序を維持する重大な要素であり、それを偽ることは許されない」
マクスファーは立ち上がって窓の外を見る。
「でも君の神玉は、本当に青位なのかな?」
「少なくとも俺が同化した神玉は紫色をしていない。それくらいは子供でも分かる」
「じゃあ、そういうことにしておこう。いずれにしても、君の犯した罪は重大だ。懲戒処分として、特に君はカニバリズムへの出場資格を永久的に剥奪する」
「最初から与えられていないぜ」
タイチは皮肉を込めて言った。
「そんな!」
イシュメルが悲壮な顔で絶句した。
「神威衛士にもカニバリズム以外の仕事はある。国境周辺の警備や帝都の治安維持だ。この件は済むとして」
マクスファーは剣呑な表情で組んだ両腕に顔を沈める。
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