第30話 瓦解寸前

 フラウがヴィルテュを構えて立ち塞がるタイチを睨みつける。イシュメルはすっかり戦意を喪失して腰を抜かしていた。イエロードッグから少しでも離れようと、足を後方に運ぼうとしては闘技場の土をかき乱す。

「死にたくないよぉ・・・・・・」

 イシュメルはうなされるように同じ言葉を呟いた。弓を手放し、戦慄で小刻みに震える両足で立ち姿勢を保つのがやっとというところである。タイチは二人を戦力から外さざるを得なかった。

「大丈夫だ。俺が何とかする」

 タイチの元気づける声さえ、今のイシュメルには届いていなかった。

「仲間への別れはすんだか? とはいっても、間を置かずに再会することになるだろうが」

「その必要はないさ!」

 タイチは大振りに被ったヴィルテュで地面を叩きつける。敵に息つく暇さえ与えない速攻戦術である。

「《金剛槌》!!」

 エリーレとの修了試験の後、タイチが編み出した唯一のエッセンスを駆使した遠距離技である。地面を大蛇のごとく這う地割れがイエロードッグの足元を巣くう。そして柱状に突出した土壁がイエロードッグの身体を虚空に投げ出した。

「まだだ!」

 体勢を立て直して背中を上に向けたイエロードッグの胴にタイチは斬りかかる。《硬化》のエッセンスで完全防御されたイエロードッグを斬る抵抗はタイチの腕を軋ませる。しかし渋面を作りながらもタイチは攻撃を止めなかった。そして《撃力》を最大限に込めた渾身の一撃がイエロードッグの脇腹に刃を沈めるに至ったのである。紫色の体液が勢いよく噴き出した。

「何だと!」

 フラウの顔色から余裕が消え去った。一方でタイチも限界だった。度重なる《撃力》による攻撃はタイチの全身に負荷をかけ過ぎた。

「小賢しい奴め!」

 イエロードッグの前足がタイチを殴りつける。ヴィルテュで爪の猛威は免れても、獣の鈍重な一撃にタイチは地面に何度も叩きつけられて転がった。

「タイチ!」

 正気を取り戻したイシュメルが呼びかける。

「惜しかったな」

 フラウが気息荒くタイチをせせら笑う。タイチは立ち上がるのもやっとの満身創痍である。腕はエッセンスの力に悲鳴を上げ、剽悍な一撃に叩きつけられた全身は打撲を負ったらしい。

「まだだ」

 口中に滲む血を噛みしめながらタイチはヴィルテュを杖代わりに立ち上がる。

「諦めの悪い奴だな。そもそも俺の戦果を知っておきながらなぜこんな無謀な真似をした?」

 フラウは呆れたように三人を見下ろした。

「誰かが戦わなきゃ、お前達幻鬼術師は神威衛士を皆殺しにするつもりだろ? そうはさせない」

「皆殺し? 失敬な。我ら幻鬼術師は神威衛士の殲滅を本気で臨んではいない」

「何だって?」

 瀕死のアーロでさえ傷を忘れるほど、その答えは天地無用、驚愕のものだった。神威衛士を死線の地獄に叩き落とすカニバリズムという名の地獄。その忌わしき戦いは、幻鬼術師が神威衛士の神玉を全て差し出せという過激な要求を突き付けたことが端緒とされていたからである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る