第28話 対決寸前

 デリトリオン神殿は荘厳な地上部分だけでなく、一般には知られていない地下設備も整備が充実している。そこは神威衛士の武器庫や休憩室が設けられ、闘技場の入場口を潜るには必ず地下を通る必要がある。

「ビビったか?」

 橙の火影からアーロの顔が照り返る。ヴィルテュを抱え込むように長椅子に腰掛けるタイチの隣にアーロが座った。

「ほっとけよ」

 タイチはそっけなく返事した。

「これでやっと幻鬼と戦えるぜ。この日をどれだけ待ちわびたことか」

「アーロはどうして幻鬼と戦いたいんだ?」

「俺か? 決まっているさ。見返すためだ」

「見返す?」

 アーロは槍を握る拳を更に小さく握りしめた。

「俺な、代々神威衛士の家柄なんだけど、俺の家に受け継がれた神玉は赤位だったんだよ。神玉等級で言えば底辺の赤位だぜ。その辺の古物商にだって売っている神玉を、俺の家は家宝として大事に守り通してきたんだよ。それが俺の先祖が神から賜った特別な神玉という理由だけで」

 アーロは哄笑する。

「正直、赤位の神玉をありがたく思っているのは俺達ぐらいのものだったな。傍から見れば随分馬鹿にされたよ。赤位の神玉の家ってな。俺の祖父も、親父も、皆そうやって馬鹿にされ続けたんだ。俺も赤位の神玉を同化すれば絶対同じ道を辿るに違いない。それが嫌で俺は家を出たんだ。でも神威衛士の強さなんて結局は同化した神玉の色だろ? だから俺は、赤位よりも上の神玉を渇望してここまでやって来た。そして緑位の神玉を勝ち取ったんだ。あとは、この神玉の力を見せつけてもう誰にも蔑まれないようにするだけだ」

 地下の闇の向こうで音がした。矢筒を背負い、長弓を持ったイシュメルが二人の前に登場した。イシュメルは比較的軽装だ。人間離れした身体機能を持つ幻鬼に俊敏さで対抗しようと考えたのだろう。

「何の話をしていたの?」

「お互いの戦う理由を語り合っていたのさ」

「あら、そう」

 イシュメルはさも興味なさそうな顔をした。

「二人とも、そろそろ時間よ」

「それじゃ、行くか」

 タイチとアーロが同時に立ち上がる。

「今頃セントラル・コミュニティでは大騒ぎでしょうね」

 カニバリズムの対戦スケジュールは原則的に当日発表とされる。神威衛士や幻鬼術師が問い合わせれば事前に知る事も出来るが、まさかタイチ達が今日、イエロードッグと対戦するなどとは夢にも思わないだろう。

「知った時にはすべて終わっているさ。もちろん、俺達の勝利でな」

 闘技場の延々と続く階段をしばらく進むと、豁然とした闘技場のフィールドが開けた。平坦漠々とした更地を取り囲む観戦客の数はエリーレの時と比べるとめっぽう減っている。遥か先の神殿の壁には対戦するべき幻鬼術師のための入場口が設けられ、フラウ=ホーリットは既にそこを潜って闘技場の中心に控えており、三人の神威衛士の最期を予見するかのような不気味な笑みを浮かべていた。

「来たようだな」

 あと十歩の距離の所まで来ると、フラウが口を開いた。

「当たり前だ。神威衛士が決闘の土壇場で敵前逃亡なんかするものか」

 アーロがすかさず返した。

「いいだろう。その勇気を讃えて三人とも苦しまぬ程度に瞬殺してやろう」

 フラウは外套の袖口から杖を握った手を伸ばした。そして彼は杖を水平に構えると、その両端を握って瞑想のような恰好を取る。

「人界より隔たれし異界に棲む眷属よ。我が神玉を代償としてその力を求めん」

 するとフラウの足元で毒々しい赤い光を放つ魔法陣が広がり、とてつもない速度で回転を始めて光の輪が宙に浮いた。

「さあ受け取れ! 神玉を!」

 フラウは懐から取り出した黄位の神玉を光の輪の中心に差し出した。神玉は自ずと浮き上がって輪の中心に留まり、やがて輪に吸い込まれるようにして消えていった。

「来るぞ!」

 アーロの言葉の直後だった。光の輪が突然薄氷のように割れて巨大な物体が地面に落下した。大きさは人の二倍ほどもある大きさだが、落下の衝撃は小さかった。なぜならばその物体は四本足で器用に着地したからだ。

引き締まった体躯を誇る野犬が鋭く尖った口から牙をちらつかせていた。

「デリトリオン神殿に集いしテイセリスの臣民よ。神の御元において開催される神聖なる決闘の立ち合いに感謝する」

 幻鬼の姿を認めた司儀官が厳然たる表情でカニバリズムの開催を宣言する。

「これより、では皇聖歴三十五年、十一月二十五日、テイセリス帝国第二十八代皇帝の御名の下に、神威衛士、タイチ=トキヤ以下二名の神威衛士と幻鬼術師、フラウ=ホーリットとのカニバリズムを開始する」

 司儀官の号令を合図にイエロードッグは大口を開いて、研ぎ澄まされた牙の間からねっとりとしたよだれをしたたらせた。隙があれば刹那でも噛み殺す機会を逃すまいと息巻く。あんな野犬が猛然とつかみかかれば急所を避けたとしても無事では済まない。

観客席は既に勝負の行方を悟っているようで、戦いに赴く神威衛士に憐憫の視線を投げかける。

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