第27話 対戦
原則的にカニバリズムの参加資格は神玉を持つ神威衛士と幻鬼術師にのみ与えられる。それはセントラル・コミュニティの神威衛士養成学院に通う候補生もまた含まれると解釈される。
つまりタイチ達もカニバリズムの参加資格を有するが、マクスファーを筆頭とする神威衛士の幹部が彼らのカニバリズム参加を認めていないに過ぎないのだ。言い換えれば、神威衛士を出し抜いて出場の手続きを取ればこっちのものだ。
「誰かいるか?」
「いや、誰もいない」
深夜に舎監の目を盗んで宿舎を抜けたタイチとアーロは互いに前後の様子を見張りながら、静まり返った中庭を走り抜けた。
「イシュメルは上手くやったかな?」
「さあ、俺は女子宿舎に入れないからわからん」
約束の刻限が近づいてもなお、イシュメルは現れない。
「まさか捕まったりしていないだろうな? マクスファーあたりに」
「彼女は信頼出来る。それはないと思う」
タイチはきっぱりと答えた。
「お待たせ」
夜闇の中からイシュメルが飄然と現れる。
「お、やっと来たか。便所にでも行っていたのか?」
イシュメルは眉をひきつらせてアーロの足を踏んだ。
「何すんだよ!」
「声がでかいわよ。見つかったらどうするの?」
「誰のせいで・・・・・・何かお前、いい匂いするな。シャンプーか?」
「ちょっと、顔近づけないでよ! しょうがないじゃない! 入浴時間は十一時までなんだからさ」
「入浴、入浴といったか!」
「何よ! その厭らしく私の身体をしげしげと眺める視線は! まさか変な妄想してるんじゃないでしょうね? これからカニバリズムに参加するっていうのに、そんな半端な心構えでいいの?」
「俺はいつだって本気だぜ」
「アーロは強健な奴だから、いざという時には頼もしい味方になってくれるよ」
タイチは出来る限りのフォローをした。
「それより急ごう。見つかったら計画は頓挫だ」
「そうだな」
セントラル・コミュニティを抜け出したタイチ達はデリトリオン神殿へと向かった。暗闇の中から神殿に光が煌々と灯されている。時折通り過ぎる人影がその光を瞬く星の様に揺らした。
「後戻りするなら今のうちだぞ」
神殿に入る手前でアーロが足を止めて振り返る。
「こんな所で引き返すなら最初からここには来ないぜ。テトラ姉ちゃんとの約束を果たすんだ。イシュメルはどうする?」
「私だって、やらなきゃならないことがあるから」
「それは?」
「今は話せない」
「まあ、何であるにせよ決まりだな」
神殿の中は真夜中とは思えないほどの雑踏とざわめきに満たされていた。その多くはカニバリズムの当事者と思われる神威衛士と幻鬼術師だったが、幸いタイチ達の顔見知りはいなかった。回廊状の通路に大きな人だかりがあり、そこでカニバリズムの出場申請が行われているらしかった。
「君達、今何て?」
人だかりの中心で名簿のような帳簿を忙しなくめくる神殿の神官は瞳孔を震わせて三人の若い神威衛士を見つめた。
「俺達、イエロードッグと戦いたいんだ」
「わかっているのか? あれは」
「ああ、神威衛士を何人も殺してきた奴だ。だから倒す」
「よく考えたのかね? 何も今から若い命を散らす必要はないんだぞ。私は君達のような気鋭の若者達をたくさん送り出してきたのだが、あれと挑んで一人も戻ってこなかったのだぞ」
「よいではないか」
人だかりの中から躍り出た長身痩躯の黒外套が神官の手を遮った。細面は温和な表情だが、その目つきは見覚えがある。誰彼構わず戦いを挑む野盗に似た目だ。
「おい、あの格好って」
頭から足先までを隠す外套に身の丈ほどもある木製の杖。その物腰は紛れもない幻鬼術師だ。
「何だよ、オッサン。 俺達は今大事な話をしているんだ」
アーロが面倒そうな顔を作った。
「対戦相手を部外者呼ばわりするとは、さすがは傲慢な神威衛士だな」
「対戦相手?」
イシュメルが甲高い声で繰り返した。
「いかにも。私がイエロードッグを統べるキングレー一門の幻鬼術師、フラウ=ホーリットだ」
フラウと名乗った幻鬼術師の言葉を受けて、神殿中が嵐のようなざわめきを起こした。
「それで、君達が私に挑みたいと?」
フラウはタイチ達三人の神威衛士の顔を順に凝視する。
「そうだ、お前の百日天下も今日までだ!」
アーロの豪語する声からはどこか頼りなかった。
「俺達は三人とも神玉を宿した神威衛士だ。カニバリズムの対戦資格を満たしている。この勝負、受けてくれるよな?」
フラウは肩を小刻みに震わせて含み笑いをした。
「受けるとも。カモが三羽も雁首を揃えてやって来たのだ。断る理由など有るはずがない」
「そのカモにこれから食われるんだぞ」
「どうだか」
フラウはおずおずとした神官に歩み寄る。
「神官殿。彼らとカニバリズムの対戦手続きを進めてくれるか?」
「・・・・・・承知しました」
神官は諦念に至った様子で羽ペンを動かし始めた。まるでこれからこの場に居る者達の運命を書き記さねばならないように重々しく。
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