第26話 野心

 セントラル・コミュニティは中央棟が五階建てになっており、その三階に神威衛士養成学院の学院長室が置かれている。マクスファーの名前が金字で書かれた扉の前では、彼に直談判を求めるタイチとそれを阻む神威衛士との間で激しい口論が繰り広げられていた。

「マクスファー様は忙しいんだ。後にしろ」

「こっちだって大事な話なんだよ」

 詰め寄るタイチの声を聞いたのか、呼ばれるまでもなくマクスファーは扉を開けた。

「マクスファー様?」

「君は、あの時の」

 マクスファーはタイチの顔を見るなり眼鏡を掛け直す。

「マクスファー、話がある」

「お前、学院長に対して何て口を」

 側近の神威衛士が手を上げた。ところがその手を取ったタイチは神威衛士を逆にねじ伏せたのだった。苦痛に悶絶する神威衛士の声が廊下の注目を更に集めた。

「自分のしていることがわかっているのか?」

「俺をカニバリズムに出してくれ。少なくとも一体の幻鬼位は道連れにしてやる」

「何だと?」

 マクスファーは眉を潜ませた。

「君が雑魚の幻鬼を一体か二体かの幻鬼を倒したところで、三体目に負ければ幻鬼が一体増えるんだぞ。その幻鬼に同胞が傷つけられてもいいというのか?」

「何で俺の負けを前提に話を進めるんだよ」

「ここに君が初めて来たときにも言っただろう? 僕はこれまで神玉の力を過信した若手の神威衛士の末路を幾度となく見て来た。だから君のカニバリズム出場は許可できない」

「でも俺は試験に合格した。エリーレだって認めてくれている」

「前にも言った通り、あの試験は全くの非公式であり、それをもって学院の修了を認めるわけにはいかない」

 マクスファーは一貫してけんもほろろだった。

「俺を戦わせてくれよ! もう目の前で人の命が消されるのを見たくない! そのために俺は赤の帝都に来たんだ! アンタは目の前で同胞が殺されるのを見て何も思わないのかよ!」

 接近するタイチを神威衛士が三人がかりで阻む。マクスファーはまた眼鏡をいじりながら部屋の中に入った。彼はタイチの痛切な訴えよりも机の上に積まれている山積する書類の方を気に掛けているらしい。

「あきらめて帰れ。これからマクスファー様には大事なカニバリズムが控えているのだ」

 結局マクスファーの部屋の前には神威衛士のバリケードが敷かれて、タイチは近寄ることさえ叶わなかった。

「タイチ」

 人だかりの中からイシュメルの姿が躍り出る。

「一体どうしたのよ? アーロみたいに短気になって」

「この前、幻鬼術師を街で見た。ソイツは神玉を五つも持っていたんだ。それがどういう意味だか分かるだろ?」

 イシュメルは言い淀んだ。

「どうして俺の実力は認められないんだ? こうしている間にも一体何人が幻鬼の手に掛かって・・・・・・」

「ちょっと来て」

「イシュメル? どうしたんだよ?」

 イシュメルはそれ以外何も言わずにタイチの手を引いた。颯爽と急ぎ足で駆け抜ける彼女がタイチを誘ったのは人気のない演習場だった。

「よお」

 演習場には塀に腰掛けるアーロだけがいた。イシュメルも後ろから誰も来ないのを確認すると扉を静かに閉めた。

「何でそんなにカニバリズムに出たいんだよ?」

「昔、ある神威衛士と約束したんだ。その人は、俺の命を救うために犠牲になった。だから、最後にその人と交わした約束を俺が代わりに果たさなきゃならない。目の前の一つでも多くの命を救うために神威衛士になるって」

「お前にとって負い目ってやつか?」

「そうだな」

「お前のことをますます見直したぜ。だったらこんなことをしている場合じゃないよな?」

 アーロが槍を携えて立ち上がる。

「俺も緑位の神玉と同化させたのによ、まだカニバリズムに出してもらえないのにうんざりだ。こうなったら、否が応でもアイツ等に俺達の真価を見せつけてやろうぜ!」

 アーロは目に野心の炎をたぎらせて息巻いていた。

「どうやって?」

「この学院に入所した時、マクスファーが言ったイエロードッグとかいう幻鬼を覚えているか? あれは上の神威衛士の連中でさえも対処に手を焼いているらしい」

「アーロ、まさか」

「俺達でやっつけちまおうぜ! イエロードッグを」

 アーロの拳が蒼穹をつかむ勢いで空の上で握られた。

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