第25話 対立する両者
「さ、次は誰が相手する?」
エリーレは怯む幻鬼術師達を見回した。幻鬼術師達は潮が引く様に路地を後じさりする。ところが得意になっているエリーレの足元で、最初に倒れていたはずの大男が出し抜けにエリーレの足を取った。
「なっ!」
エリーレにとって完全な不意打ちであった。バランスを崩したエリーレは冷たい石畳の上に尻もちをついた。それを見た幻鬼術師達は急に勢いづいて次々とエリーレにのし掛かる。折り重なるように飛びかかった幻鬼術師達が塊となって乱闘し、四肢を四人がかりで抑え込まれたエリーレは大の字になって床に張り付けられていた。
「離しなさいよ! 女の子一人をこんなに大勢で襲って恥ずかしくないの? ヤダ! どこ触っているのよ!」
「うるせえ! 神玉があれば話は別だ! さて、どう調理してやろうか?」
幻鬼術師の厭らしい視線がエリーレの身体をなめるように眺める。
「冗談じゃないわよ」
折り重なった幻鬼術師達が一斉に投げ出された。ある者は民家の窓を破り、別の者は庭の植え込みに頭から突っ込んだ。
「何だよ、今の馬鹿力! 絶対エッセンスを使っただろ!」
立っている幻鬼術師達はエリーレと一定の距離を取りながら虚しい抗議の声を上げた。
「いいえ。まだエッセンスは使っていないわ。その証拠に今から本当にエッセンスを使ってあげるわ。その身で確かめたいと思うなら」
エリーレの凄みに幻鬼術師達は怖気づいた。
「ふざけんなよ! カニバリズムで後悔させてやるからな!」
まだ目を醒ましていない仲間達を抱えて、幻鬼術師の一派は街の闇の中を遁走した。
「全く、本当に品のない連中だわ。どうしたの?」
タイチは店の中の机の一つを見つめていた。机の上には五つの神玉が置かれている。赤位が二つと橙位、黄位、緑位が一つずつだ。
「ここにある五つの神玉を、奴らは今日手に入れたって言っていた。それって、今日だけで五人の神威衛士がやられたってことだよな?」
「まあ、そういうことになるわね。ところでさ、こんな噂を聞いたことある? どうして皇帝がカニバリズムを提案したかって話」
タイチは首をかしげた。
「ロタニアとの戦争の後、赤の帝都で皇帝の御身を守るのは誰がふさわしいかという議論が元老院で提起されたの。その時に、これまで通り神威衛士を推す勢力と幻鬼術師に取って代わるべきとする勢力の間で激しく意見が対立したそうよ。ロタニア戦争で殊勲を挙げたのは幻鬼術師の側だから、より強い力が帝都を守護するべきという考えの一方、幻鬼のようなおぞましい魔物に赤の帝都を守らせて大丈夫なのかという不安があったの。両者の議論はずっと平行線をたどったわ。でもね、皇帝は圧倒的に戦闘能力の高い幻鬼術師に肩入れするように心を決めていたみたいよ。かといって、これまで付き合いの深かった神威衛士を裏切ることも出来ない。その結果考え出したのが、神玉を賭けたゼロサムゲームのカニバリズムだったの。カニバリズムで幻鬼術師は神玉を失うことが有っても命までは奪われない。だから闘志旺盛で次々と神威衛士に戦いを挑んだわ。一方で神威衛士は敗北すれば神玉だけでなく命まで奪われる。タイチ君が目指しているのは、体よく神威衛士を葬り去るための墓穴よ」
エリーレは淡々としていた。
「そんなのおかしいよ」
誰もいなくなった酒場でタイチが小さな声で言った。
「人の命をそんな風に扱うなんて絶対に間違っている。皇帝の赦しが下りた神聖な決闘だろうと何だろうと関係ない。一刻も早く、カニバリズムに出場して一人でも多く救わないと」
「どこまでも真っ直ぐなのね。君は。立場が違えば、マクスファーと同類項よ」
タイチの透徹した信念はこの時、もどかしさに苦しんでいた。いずれタイチもカニバリズムの戦いに身を投じ続ければエリーレのようにこの世界への矛盾を受け入れる日が来るのだろうかとも、一方では思いながら。
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