第24話 喧嘩
今やカニバリズムを有利に進める幻鬼術師達は天下の大通りを闊歩するまでに華の有る勢力となった。それを笠にした心無い連中がこうして狼藉を働くのがしばしば問題視されている。
先頭の男の一喝に客は我先にと店を出た。連中が幻鬼術師だと知っているからだ。実力で成り上がって来た彼らの荒くれた性格と横柄な振る舞いは帝国の津々浦々で悪評として伝わってくる。
居酒屋の主は必要以上に頭を下げながら、飛び散った皿や杯を必死にかき集めている。とんだ客が来たものだと、当惑な表情を作りながら。
「聞いたか? ベレイの奴、黄位の神威衛士に負けたらしいぜ」
「へっ、知ったことかよ。しかし俺達は今日も圧勝だったな」
机に堂々と足を上げた幻鬼術師が神玉をテーブルの上に散りばめた。
「アイツ!」
立ち上がろうとするタイチの手にエリーレの掌が重なる。
「ダメよ。カニバリズムは皇帝の赦しを得た正式な決闘よ。その勝敗を後から口出しするなんて許されないわ。それに、幻鬼術師とは原則的にカニバリズム以外で抗争してはいけないから」
気が付けば、店内はタイチ達と幻鬼術師、店の主人だけになっていた。もちろん、二人の神威衛士はすぐに幻鬼術師達から目をつけられた。
「おい、何をしているんだ?」
「おやおや、神威衛士様ではありませんか」
タイチ達はたちまち黒外套に囲まれた。エリーレはむくれ顔で物も言わず鎮座している。
「ほら、退けよ」
「私達も客ですけど」
「あ? 誰に向かって口を聞いているんだよ? ここで酒が飲めるのは誰のお陰だと思っていやがる? 幻鬼がいなければ打ち首になっていた神威衛士の先生方よ」
「二十年の前のロタニア遠征の昔話かしら? 他に面白い話はないの? それとも、貴方達が自慢できるのはせいぜい二十年前の話くらいなの?」
エリーレの語調は平静を保っているが、膝元の手の甲は怒りに震えていた。先に堪忍袋の緒が切れたのは幻鬼術師の方だ。
「ふん、神玉が無きゃ何も出来ない奴が。あ、そういえば一つだけお前達にも出来ることがあったな。命乞いだよ。今日の奴なんか、模範的な土下座で俺に詫びてきやがった」
「何ですって?」
エリーレが殺気を含めた声で詰った。タイチは慌てて止めようとする。幻鬼術師と神威衛士が不仲とはいえ、カニバリズム以外の私闘は固く禁じられていると、エリーレ自身が言ったではないか。
「何だよ? やる気かよ?」
「カニバリズムに勝利したあなたの強さは認めます。でも、敗者の尊厳をそこまで辱めたことを、このエリーレ=クレイゼルは許しません」
「エリーレ=クレイゼルって、あの?」
エリーレの名前に幻鬼術師達は驚きを隠せずにいた。
「いい? タイチ。私闘は確かに禁じられているけど、エッセンスや幻鬼を使わなければセーフよ」
「面白い。表へ出ろ。女だからって手加減抜きだからな」
幻鬼術師に囲まれながら外に出たエリーレは剣をタイチに預け、甲冑を脱ぎ捨てた。
「何をしている?」
「こうした方がアンタ達にとっては殴りやすいでしょ? もっとも、私に触れられれば、の話だけど」
エリーレはさも余裕の表情で幻鬼術師達を挑発した。
「分からず屋のお嬢ちゃんはそのケツを引っ叩いてやらないとだめだな。負ければ鎧の他にも脱いでもらうぞ」
タイチ達を取り囲む幻鬼術師達が高笑いした。
「本当に、卑しいわ」
「うるせえ、やっちまえ」
「貴方達、いつも幻鬼に戦わせてばかりで体がなまっているんじゃないの? さあ、誰から来る?」
幻鬼術師は幻鬼を召喚して戦ういわゆる召喚士だ。だから肉弾戦には不向きと思いきや、連中の中から割って入って来たのは船乗りにも力士にも劣らない屈強の男達だった。
「え? こんなのが紛れていたの?」
挑発をかましていたエリーレの柳眉が一瞬引きつる。
「加勢するか?」
タイチの前にエリーレが制止の手を差し出した。
「いい? 君は手出ししないでいいから」
辟易するタイチの前で、エリーレは一歩も退かなかった。
「前時代の遺物め! おらぁ!」
大きな拳を作った大男がエリーレの顔面を狙って正拳突きを食らわせようとする。首一つの動きでそれをいなしたエリーレは肘を張り出して男の顎を打った。剽悍な一撃に脳を揺らされた男は一発でヘタレこんだ。
「このぉ!」
他の幻鬼術師の一人は熊のように両腕を広げてエリーレに背後からしがみつこうとしたが、エリーレが素早く身をかがめたために勢い余ってつんのめる。すぐさま立ち上がってエリーレに取っ組み合おうとするが、その前にエリーレの回し蹴りが男の頬にめり込んだ。宙を舞った男の身体は数回転して鉢植えの上に落下し、けたたましい音を立てた。
「この程度?」
その瞬間、エリーレの背後から棒状の何かが動いた。どこから拾って来たのか、幻鬼術師が角棒をエリーレの後頭部目がけて振り下ろす。いくら何でもやり過ぎだ。タイチが止めようとするが
「げふっ!」
エリーレは即座に腰のベルトから直剣を外し、鞘の先端で後ろを抜いたまま男の鳩尾を正確に突いた。うつ伏せに崩れる幻鬼術師の持っていた角棒は、これまた偶然倒れていた同胞の腹部に当たって止めを刺した。
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