第23話 酒の席

 選んだ場所はあまり清潔感の無い近くの居酒屋だった。タイチがミハから情報を仕入れるのに使っている店だ。狭い間取りに多すぎるほどのテーブルが並び、もはや誰がどこに座っているのかも判別できない。仕事を終えた大男が杯を片手に歌い踊り、時には取っ組み合う喧噪の中、エリーレとタイチは一段高い二階の円卓の一つを囲んでいた。

「ごめん、こんな所で」

 エリーレには不向きだと思いながらも、それ以外にタイチに入れそうな店はなかった。カニバリズムの賞金はまだなく、それまでに赤の帝都に至る旅路と情報提供料で所持金をほぼ消耗していた。もっとも勘定はエリーレが請け負ってくれるというのだが、それを目当てに高価な店を選ぶのはさすがに遠慮せねばならない。

「別にいいわ。私もこういう所、馴れているから。それよりここ、ケーキはないの?」

「パフェならあるけど」

 エリーレは店のメニューを不機嫌そうに眺める。生憎、ここはそこまで上品な店ではない。

「まあいいわ。気にしないで」

「えっと、まずは改めて自己紹介か。俺はタイチ・・・・・・」

「お、姉ちゃん。俺達と一緒に踊らないか?」

 千鳥足で階段を上って来た酔っぱらいがエリーレに絡んだ。

「遠慮します」

 エリーレはつっけんどんに断った。

「それでね・・・・・・」

「そんな寂しいこと言うなよ。それにしてもいいケツだな」

 まるで触って下さいと言わんばかりに突き出た丸尻を、男は愛でるように撫でた。無視していたエリーレは短い悲鳴を漏らして背筋の毛を逆立たせた。敵愾心を閃かせた目が酔っぱらいを射抜く。

「ごふっ!」

 エリーレの肘鉄が男の鳩尾に直撃した。男は一撃で床に倒れた。

「邪魔が入ったわね。自己紹介はいいわ。知っているから。そんなことより、今日はあなたに話があるの」

「この前の続き、とかじゃないよな?」

「違うわ。まずさ。ねえ、その剣ってどうなっているの?」

エリーレはタイチの剣に興味を移す。やはりこの異形の武器が珍しいのだろう。この数日間、神威衛士の武器を観察してみると、剣が最も多く、次に多いのが槍や戦斧といった長物。稀に弓矢や棍を使う変わり種もあるが、ヴィルテュのような武器はまだ見ていない。

「やっぱり珍しいか?」

タイチは剣を手に取った。

「試験の時、最初に剣は鎖から離れたでしょ? あの状況でどうやって剣を鎖分銅につないだの?」

「それはね、こういう仕組みさ」

 タイチは剣を静かに抜いた。店の主人がギョッとした。この時鎖はまだつながっていない。そして一度剣を鞘に戻す。その時、鎖分銅が鞘から離れて、抜いた刀身とつながっていた。

「実は剣を鞘に収める時に表裏がある。裏で収めた時だけ、抜いた時に鎖分銅とつながる仕組みさ」

「変な剣・・・・・・」

 エリーレは半分納得したような、納得していないような微妙な表情をした。

「それでね、本題はこの前の試験のことよ。マクスファーはあんな言い方をしたけど、君の情けがなければ私はやられていたわ。あれは間違いなく君の勝利だった。そのことを改めて伝えに来たの」

「それは、どうも」

「浮かない顔ね」

「あのさ、マクスファーって俺達の試験のことを知っているんだよな?」

「知っていたわ」

 エリーレは躊躇う様子もなく答えた。

「じゃあ、どうしてうそぶいたんだ?」

「そのことなんだけど、君の神玉等級は本当に橙色なの?」

 タイチは思わずエリーレから視線をそらした。

「本当は、もっと上」

「やっぱり嘘だったのね」

 エリーレは呆れた口調で下を向いた。

「青位、それが俺の神玉等級だ。これは嘘じゃない」

「本当に?」

 エリーレの視線は訝しげなままだ。しかしタイチにとっては事実に他ならない。

「だとすれば、私は一ランク下の神威衛士に負けたというわけ?」

「まあ、そういうことになる」

「デリカシーなさ過ぎよ」

「でも、神玉のせいだけじゃないと思う」

「どういう意味?」

 タイチは重々しく口を開いた。

「エリーレさんは、剣を習ったことがないんじゃないのか?」

 虚を衝かれた質問にエリーレは口ごもった。

「・・・・・・秘密にしておいてよ。でも、なんでわかったの?」

紅潮した顔でエリーレが尋ねた。

「試験の時、あの《烈風断斬》を使うために俺から間合いを取っただろ。その時に俺に背中を向けて着地したからさ。普通、斬り合っている最中に束の間でも相手に背中は見せない。だから剣士は残心という基本を大事にする」

「そんなことで、わかっちゃうんだ。やっぱり、見よう見まねはダメね」

「あのさ、前に変な噂を聞いたんだけど・・・・・・」

「本当に、君の神玉等級は青位なのよね?」

 エリーレがタイチを遮って問うた。どうもエリーレはタイチが本当は紫位ではないかと疑っているらしい。少なくともまともな色彩感覚ならば、タイチがテトラから受け継いだ神玉の色はどう見ても紫ではなかった。それが紫でも青でもないとすれば、タイチの力はもっと過少にみられるべきである。

「本当だって」

丁度その時、居酒屋の扉が風圧を受けたように勢い良く開き、黒装束の数人が流れ込んできた。姿が見えるだけでも十八人はいる。他の客は押されるように店の奥へと引き下がる。

「おい、幻鬼術師様の到着だぞ! 酒を持ってこい! てめえらは何をしてやがる!」

「幻鬼術師?」

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