第22話 才能

 タイチは修了試験の傷をいやすのに、神玉の力をもってしても一週間を要した。結局、神威衛士養成学院での除籍は免れたものの、勝利の条件である修了の証は空手形に終わった。ただし、タイチにとってこの戦いは全くもって不毛だったというわけではない。

 タイチがこの戦いで得たものは二つある。一つはエリーレとの死闘を介してタイチにエッセンスの統御術が身についたことだ。

「いくぜ!」

 今、タイチの目の前には砂の詰まれた図田袋が山のように積まれている。大男二十人が一時間をかけて詰めるほどの量だ。その前にヴィルテュを携えたタイチが立ちはだかる。

「《金剛槌》!!」

 タイチは大降りの構えでヴィルテュの刀身を地面に叩きつける。たちまち生じた波状の衝撃波が地面を介して積まれた袋の山を弾き飛ばした。その幾つかは袋ごと裂けて砂をぶちまける。

「すげえ」

 基本を覚えれば上達が早いもので、タイチは既にエッセンスの合わせ技を考案するまでに達した。今の技は《撃力》で生じた打撃を《発散》の力で遠距離に飛ばす技法である。

「もうお前、学院を修了してもいいんじゃないか?」

 候補生が口々にタイチを称賛した。実際、そうなっていなければならないはずであるが、学院の長が発した鶴の一声によってそれが実現できずにいるだけだ。

「まあ、気長に待てばお前なら大丈夫だって」

 朋輩達の慰めに謝辞を述べながらタイチは休息に入った。

「タイチ!」

 アーロの地声がタイチを呼びつけた。候補生達がおのずとアーロに道を作る。アーロは素行不良とまでは言えないにしても、マクスファーに盾突くほどの喧嘩っ早さと短気は学院の中で有名になっていた。

「そう沈んだ顔するなよ」

 アーロは励ましながらタイチの肩を少々手荒に叩く。これが彼なりの親切心だと知ったタイチは苦笑いした。

 エリーレとの修了試験以来、タイチの実力と度胸を認めたアーロはこれまでの無体な批判を撤回し、タイチと打ち解けるようになっていた。同時に彼もまた、厳しい競争の末に緑位の神玉を手に入れることが出来て有頂天になっていた。虫のいい話ではあるが、タイチは神威衛士との抗争をよく思っていなかった。タイチが戦うべきは神威衛士ではなく、幻鬼術師だからだ。敵対する神威衛士との和睦はタイチにとっても喜ばしい事実だったのである。

「だめよ、アーロ。タイチは元々こういう顔だから」

 中庭に立つ二人を一人の影が見下ろしていた。タイチにエッセンスの防御術を教えたイシュメルである。

「イシュメルのお陰だ」

 この戦いで最も得をしたのは恐らくイシュメルだろう。誰もがエリーレの勝利に賭ける一方で、彼女だけがタイチにチップを払ったのだ。その掛金は少なくとも百倍に膨れ上がって懐に戻って来たことだろう。

「ところでお前、いくら儲けたんだよ?」

 アーロがニヤつきながら訊いた。イシュメルは全く相手にしなかった。

「でも残念だったわね。要らぬ邪魔が入ったばかりに」

「マクスファーのことか?」

「だってそうでしょ? あの戦い、どう見てもタイチが最後に勝ったわ。それをよく知りもしないで全部なかったことにするなんて、いくら何でも」

 イシュメルは熱くなった。

「おい、イシュメルが怒ることじゃないだろ?」

「そのマクスファーのことでちょっと気になることがあってさ」

 タイチが徐に口を開くと二人は話を止めてタイチに視線を向けた。

「何だよ?」

「いや、タイチが他人に述懐することもあるんだなって思ってさ。大体お前、養成学院の放課ではいつも何をしているんだよ?」

「前は私との特訓だったけど、でもそれ以外は確かに何をしているの?」

 もちろん、来るべき幻鬼との戦いに備えての準備である。

「それは、その」

「まあ、話を聞こうじゃないか。お前の考えていることを俺達に教えてくれよ」

 この時タイチにはアーロとイシュメルという二人の友人が出来ていた。それがミュートフ村で全てを失った後の、新しい人間関係の始まりだった。

「マクスファーが修了試験のことを知っていたって?」

 タイチの話を聞いたイシュメルが驚愕した。

「ああ、実はマクスファーがエリーレと修了試験の話をするのを聞いたんだ。でもあの時、マクスファーはエリーレの修了試験のことを全く聞いていないという素振りをした。大体、

俺の修了試験は学院の中で格好の噂話になっていたのに、学院の長たるマクスファーがそれを全く聞かなかったはずがない」

「認めたくなかったんじゃないのか? 紫位の神威衛士が候補生に負けるのが。全く、どいつもこいつも、神威衛士はメンツばかりを重んじるからな」

 アーロが吐き捨てるように言った。

「アーロ、アンタもその一人になるんだよ」

 横でイシュメルがなだめた。

「いや、だってそうとしか考えようがないじゃないかよ。タイチが勝ちそうになった所で、もっともらしい言い訳を考えたんじゃないのか?」

「アーロ、声が大きいわよ。いつもながらだけど、今日は何か悪いことでもあったの?」

「別に何もないさ。ただ俺、こういうのが嫌いなんだ」

 アーロの表情が険しくなった。

「それにしても、タイチをなぜ神威衛士にしたくないのかしら。実力がないという理由は既に決闘によって否定されているわ。それにもかかわらず、タイチを候補生に押し留める理由は何かしら?」

「俺もそれがわからないんだよ」

 長考するタイチの肩がイシュメルにつかまれた。イシュメルの視線の先に、こちらへ向かってくるエリーレの姿が目に入った。

「タイチ君、話があるんだけど、ちょっと今日時間あるかしら? 場所は任せるわ」

 ぎこちない素振りでエリーレが尋ねた。


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