第21話 致命傷
エリーレは顔面を蒼白にして肩口を抑えていた。繊手の隙間からわずかではあるが、血が滲み出る。タイチが攻撃の手の内を自分から知らせなければ、意表を突かれた彼女は間違いなく致命傷を負わされていただろうと、観戦した者達は口々に囁き始めていた。
誰もがタイチを泡沫の神威衛士と予想していた。ところが修了試験はいよいよ端倪すべからざる状況に持ち越されていた。
「どうするんだよ、この試験」
「まさかアイツ等、セントラル・コミュニティがぶっ壊れるまでやり合うつもりじゃないだろうな?」
「何言ってんだ! ここどころか、アイツ等が野放図に戦えば赤の帝都全域が消滅するぞ」
「どうする? まだやるか?」
タイチはエリーレの出方を待った。
「そこまでだ」
青年の知性と冷静さに満ちた一言が混乱する現場を一気に収束させた。セントラル・コミュニティの正門から重鎮の神威衛士を従えて参上したのはマクスファー=エンゲルトである。銀縁眼鏡の向こうで眉間にしわを寄せ、野次馬達を毅然とした態度でかき分けながら演習場の中心に立つ二人の当事者を目指した。
マクスファーは最初にエリーレを、そしてタイチを一瞥してから咳払いをしてエリーレに視線を戻した。
「エリーレ、これはどういうことだ?」
まるで醜態をさらすエリーレを咎めるような表情をした。
「紫位の神玉を持つ者として、神威衛士の監督的立場にある君がまさかこんなバカ騒ぎを起こしたとでもいうのか?」
「おい、ちょっと待てよ」
マクスファーの発言には腑に落ちない所があった。タイチはそこに言及しようとしたが、マクスファーの取り巻き達が彼を阻んだ。
「君達も恥を知れ。誇り高き神威衛士が猿山のサルみたいな喧嘩に集まって恥ずかしくないのか?」
マクスファーの剣幕に観戦者達は体裁を繕いながら雲散する。
「それにしても君には失望したよ。この荒れ果てた土地を元に戻せとは言わないが、かといって不処罰で済むとも思わないでくれ」
「そうね、私としたことが何を熱くなっていたのかしら」
エリーレも不満な表情のまま、マクスファーにとりあえず相槌を打った。
「マクスファー様」
タイチの代わりにマクスファーに近づいたのは修了試験を観戦していた一人の神威衛士である。
「この決闘はあの候補生の養成学院における進退を決める修了試験でした。ですから、その、修了試験の結果というのは」
「君は何を言っている?」
煮え切らない態度をとる神威衛士をマクスファーは詰った。
「神威衛士として認める試験を、こんな非公式の方法で済ませようとするなんて聞いたことがない。この試験での彼の合否は、言うまでもない。到底認められない」
神威衛士はすっかり委縮してマクスファーに辞去した。ところが散り散りになる野次馬の中からわずかばかりの抗議の声が上がった。しかしそれもマクスファーの視線の前にはすっかり抑圧された。
「そういうわけだ。君には骨折り損というわけだが、悪く思わないでくれ」
マクスファーが外套を翻して従者の半分が従った。残り半分は無言のまま、タイチ達がめちゃくちゃにした演習場の回収を任されたらしい。こうしてエリーレによるタイチの神威衛士養成学院修了試験は誰一人満足させることのない処分で決着するのだった。
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