第17話 内部事情

 翌日からイシュメルの猛特訓が始まった。イシュメルの特訓は養成学院の日課以上に苛烈を極め、練習相手も藁人形ではなくイシュメル自身だ。

「そこ、肩の防御が甘い!」

 中天に飛び立ったイシュメルが急降下と同時に木剣の鉄槌をタイチに下そうとする。それを避けたタイチは身を翻してイシュメルの胴を薙ぎ払う。木剣はイシュメルの胴に直撃した。イシュメルが普通の少女ならば手加減の余地はあった。しかし、彼女は神玉と同化した一介の神威衛士だ。イシュメルに直撃したはずの木剣は、彼女に触れた部分からまばゆい光を漲らせて、逆に凄まじい反発力を生じてタイチにはね返って来た。

「何だこりゃ!」

「そんな攻撃、まともに受けても意味がないわよ! エッセンスは攻撃だけじゃなくて防御にも使えるの」

 再びイシュメルの反撃が来る。至近距離からの《瞬撃》だ。神速の剣技であり、さらにタイチから至近距離での斬撃を避けるのは至難の業だった。木剣を受けたタイチは天地の逆転する光景を目の当たりにして芝生の上に墜落した。

「もう、何やっているのよ!」

 いたわりの言葉どころか叱咤の声が飛んでくる。

「まさかあの斬撃まで跳ね返されるとはな」

「今のもエッセンスよ。習ったでしょ? 神玉の力で物理攻撃に対抗する防御能力、《硬化》(リジディティ)よ。たとえ真剣でも、神威衛士の身体に傷をつけるのは容易ではないの」

「それじゃあ、鈍重な武器を振り回すのは得策ではないってことか?」

「そうね。それに軽量の武器を持っていても、《硬化》と対を成すエッセンスの技があるわ」

「《発散》(ラジエート)と《撃力》(コンフリクト)か」

「その通り。《発散》がエッセンスの力を放射して遠距離の敵を攻撃する技で、《撃力》が武器の打撃力を強化する技よ。でもね、プロの神威衛士は《発散》を使う場合がほとんどだわ」

「敵の間合いに飛び込む必要がないからか?」

「それもあるけど、《撃力》による攻撃は神威衛士の側にも負担が大きいの。どうしても《撃力》を使う場合は神玉のファンダメンタルに備わる治癒力との均衡を崩さないことが絶対条件よ。それを超えてエッセンスの力を引き出せば、死ぬわよ」

 イシュメルの言葉に重みが一段と増した。

「気を付けるよ。でもイシュメルは随分神威衛士のことに詳しいんだな」

「私、家柄が神威衛士で親からずっと鍛えられているし。アンタの親はどこで何やっているのよ?」

「俺に親はいない。俺、ミュートフ村の生き残りなんだ」

「それは、ごめんなさい」

「気にするな」

「あのさ、聞きたいんだけど・・・・・・やっぱりやめた」

「何だよ? 別に遠慮することはないぜ。イシュメルに手伝ってもらったお陰で俺、凄く助かっているし」

「いいから! 次は《発散》の回避練習よ!」

「おい、ちょっと待て! どわ!!」

 周囲の空気が瞬間的に圧縮するのを感じた時には芝生の地面がえぐられてタイチは爆音と砂塵の真っただ中に立たされた。


「全くイシュメルは手加減を知らないな」

 夜気に肌寒さを感じながらタイチは土埃に塗れた顔を洗った。

「それにしてもアイツ、俺にいくら賭けたんだろう?」

 ふとそんな考えがよぎったが、それ以上タイチの頭に留まることはなかった。というのも、セントラル・コミュニティの寮から出てくる足音を聞いたためだ。

「やべ、舎監か?」

 タイチ達、神威衛士候補生の宿営する寄宿所の舎監はとりわけ時間に厳しかった。門限を過ぎたこの時間に見つかればどんな追及があるかわかったものではない。タイチは近くに積まれた木箱の陰に身を潜めた。寄宿所の明かりに二人の影が伸びてくる。

「候補生の一人と対戦するらしいな」

 聞き覚えのある声の正体はマクスファーである。だからと言って迂闊に顔を出すわけにはいかない。真面目な性格である彼もまた、規則を破る者を決して看過しないだろう。

「エッセンスを上手く使えない候補生が一人いてね」

 マクスファーの話し相手はエリーレだった。

「何も今すぐ除籍か残留かを決める必要もないだろう?」

「いいえ、神威衛士としての才覚がないのであれば、彼はここを去るべきよ。別に、本気で殺そうとは思っていない」

「しかし、才能もなくて君から追放されて落ち延びるような奴が神聖な神玉を持つに値するだろうか」

「彼を殺せというつもり?」

 タイチは危うくのけ反って物音を立てそうになった。

「神玉を奪うのは、君の得意分野じゃなかったのかね?」

 マクスファーはエリーレをしげしげと眺めながら訊いた。

「冗談じゃないわ。あなたまであの噂を信じているの?」

「さて、どうかな。それよりも、君はこの前のカニバリズムで幻鬼術師から神玉を奪取しなかったそうだな」

 マクスファーの視線が厳しくなる。エリーレは何ともない、というすました顔をした。

「あら、それがどうかしたの?」

「君が回収しなかった神玉は新たな幻鬼を召喚するために使われるだろう。そのせいで同胞が傷つくのを君は何とも思わないのか?」

「私にだって考えくらいあるわよ。子供みたいに神玉を取り合ったところで、お互いが疲弊するだけよ。それよりも、圧倒的な戦力差と威光を示すことで敵対勢力の反抗を抑圧する方が賢明だわ」

 遠のく靴音が聞こえる。恐らくエリーレがマクスファーを置いて建屋の中に戻ろうとしたのだろう。

「まさか、呪われた剣鬼としての負い目じゃないだろうな」

 マクスファーの一言で足音はぴたりと止まった。

「マクスファー、よく聞きなさい。そんな些末な噂話を私の前でもう一回でもするものなら、あなたといっても容赦はしないわ」

 エリーレの声は静謐さを保っていたが、表現しがたい凄みを含んでいた。

 やがて二人の気配が完全に消えた後もタイチはそこに居た。物憂げな表情で月明かりに照らされながら、自分の余命がすぐそこまで差し迫った予感を覚えた。

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