第15話 チャンス

 養成学院に入学して何日が過ぎただろう。タイチはいまだ探し求める幻鬼の尻尾さえつかめていない。ミハの情報収集力に疑いはないのだが、「蛇の頭の巨人の幻鬼」と「ギストリ」という名前だけで百万都市の赤の帝都を探し回るのはある意味で途方もない話なのかもしれない。

 目的を果たせないことにタイチは少しも苛立ってはいない。正確に言えばそんなことを考えている余裕などないのである。今はただ、養成学院のカリキュラムについて行くのに精一杯だからだ。

「アイツ、本当に神玉を持っているのか?」

 冷ややかな視線がタイチの背中に突き刺さる。養成学院入学時点で神玉と同化している同期達は既にエッセンスの制御方法を覚え始めていた。彼らの大半は家柄が神威衛士だから覚えが早いのだろう。一方で、タイチはまだ目前の藁人形と睨みあっている。

「はい、次!」

 エリーレの号令の下、タイチは大きく振りかぶった木剣を藁人形にかざす。太刀風を低く唸らせる木剣の一撃は藁人形を木っ端微塵に砕いた。

「ダメね」

 エリーレは項垂れて溜息をついた。常人には成し得ぬ業だが、今は《瞬撃》の訓練をしている。藁人形が真剣で斬られたように断斬されなければ合格には程遠い。

「どうしてこんな基礎的な技術が身につかないのかしら。いい? 自分に同化させた神玉を意識してその力を武器に乗せるのよ。神威衛士の武器には神玉の力を外部に放出する重要な役割があるの」

「それが上手く行かないんだよな」

「君、本当に神玉を同化しているの? 今からでもB組に行ってもいいわよ」

 B組は神玉を持たない連中の領域のことだ。それに対して神玉を持つ集団はA組に分類されている。

「でもまあ、それだけの力があるのなら神玉は一応持ってはいるのよね?」

「ええ、まあ」

「神玉等級は?」

 タイチは生唾を呑み込んだ。そして気息を整えてからこう答える。

「橙位です」

 後ろの連中から失笑の声があがった。しかしこれは嘘だ。というのもミハから自分の神玉等級は低く偽れと助言された通りに従ったのだ。能ある鷹は爪を隠す、それが理由だ。

「わかる気もするけど、一応規則は規則なのよ」

 エリーレは低い声で呟いた。

「タイチ=トキヤ君、今から君の適性検査を行います」

「適性検査?」

 失笑がどよめきに変わる瞬間だった。

「明日、この訓練場に来て私と真剣で立ち合います。本気で戦わなければ、君から神玉を奪わなければなりません」

「マジかよ! いくらなんでもそれってやり過ぎじゃ」

「このまま半人前のあなたをカニバリズムに出場させて幻鬼術師に神玉を渡すくらいならば、この場であなたの神玉を徴収します。その方が神威衛士全体のためになりますから」

 凛とした眼差しに冷徹な口調、そして相手に一瞬の隙も見せない全身の立ち回りはエリーレの実力を何よりも如実に物語る。

「ちなみにこれは養成学院の卒業試験です。もし、この試験に合格すれば君は文句なしに神威衛士として正式に認められます」

 その言葉にタイチの心が躍った。

「それは、俺がカニバリズムにも出場できるってことか?」

「えっ? まあ、そうよ」

 さっきまでの動揺が高揚に変わったのを見てエリーレは狼狽した。

「じゃあ、受けてやるよ! アンタと戦えばいいんだな!」

「言っておきますけど、エッセンスもろくに使えない君が私に勝てると思っているのかしら?」

「確かに俺はエッセンスがあまり使えないらしい。だけど俺は、赤の帝都に来るまでの間に何度も修羅場を潜っているんだ」

「心構えは一人前のようね。試験は三日後にこの場で行います。それまでに武器を用意しておくこと」

 タイチは否応なしに承諾させられた。だがこれは同時に、タイチが養成学院からカニバリズムの前線に出られるという奇貨であるとも思われた。

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