第14話 進歩
タイチは養成学院の放課の合間を縫ってミハとの接触を続けていた。その目的は二つだ。一つは未だ神威衛士のことでわからないことが多いこと、そしてもう一つは十年前に遭遇した幻鬼の正体を突き止めることである。
「ご所望の情報をお持ちしました。神威衛士達の間で特に危険視されている幻鬼は今のところ四体います。ゼブラスコーピオン、キラースケルトン、ヘルスネーク、アイアンゴーレムです」
「ヘルスネーク? そいつは」
「残念ですが、ヘルスネークはただの大蛇です。身体は巨人ではありません」
「そうか、やっぱり俺の探している幻鬼は赤の帝都にいないのか? わかった。これからも調査を頼む」
ミハは頷くと席を立とうとした。
「そうだ。ちょっと聞きたいんだけど」
ミハは何も言わずに居酒屋の店主にパフェを注文した。情報提供料の追加料金というわけだ。
「神玉等級の差ってそんなに効いてくるものなのか?」
ミハは心得顔をした。
「そりゃ、どの神玉を手にしたかで人生は半分決まったようなものです。神玉に関わる逸話を知っていますか? その昔、この地上は人間達の争いで炎と流血に染められた暗黒の時代があったのです。神は人間達に争いをやめるよう、再三説得を繰り返しましたが、人間達は一応の同意を示しつつも何年か経てば再び同じことを繰り返すのでした」
「いつの世も人間は人間だな」
「神はなぜ人間達が争いを止めないのかを、長い時間をかけて熟考しました。そして一つの結論に至ったのです。要するに、人間が皆、どんぐりの背比べのような弱い力を持った集団だから、相手を侵略したり、逆にそれに報復しようとするのだと考えました」
「また思い切った果断だな」
「神は争いの絶えない世界に秩序をもたらすべく、神は人間に世界を統治する七つの力を与えたのです。人間達が束になろうと、どんな武器を作ろうとも、決して抗えない力です。それが今、最高位の力を持つといわれる紫位の神玉だといわれています。この紫位の神玉は神そのものの化身でもありました。だから七つある紫位の神玉もまた、七つの青位の神玉を作り出したのです。そして青位の神玉はまた各々七つの緑位の神玉を、とこんな形で赤位の神玉まで続きます。もちろん、七つの神玉を作り出した上位の神玉は、下位の神玉に比べて七倍の力を持つと言われます。つまりタイチさんの力は緑位の七倍で、黄位の四十九倍、だからタイチさんの青位の神玉は凄い力なんです」
「そうすると、神威衛士の中で一番強いのは紫位の神玉を持つ奴ってことか?」
「そうです、それも世界に七人しか存在し得ません。ちなみに赤の帝都には紫位の神玉を持つ三人の神威衛士が居ます。一人はタイチさんが通う養成学院の長、マクスファー=エンゲルト、もう一人はコトミ=ハウスタイン、そして最後の一人がこの前カニバリズムを観戦したエリーレ=クレイゼルです」
「あれが紫位の力・・・・・・」
「一方で幻鬼術師達は紫位の神玉を一つ手中に収めています。その神玉は確か、ニューギル家というエンゲルト家の遠縁にあたる門閥の所有でした。もっとも、カニバリズムで神玉を奪われて以来、ニューギル家は没落の一途をたどっています。神玉を失った神威衛士は家の権威も失うのです」
「つまり、赤の帝都には四つの紫位の神玉があるということだな」
「そうです。そして紫位の神玉のうち、四つを手に入れれば事実上世界の覇者となります。こうして、最も紫位の神玉を集めた国として建国されたのがこのテイセリス帝国です。帝国の国旗に並べられる七つの丸印は紫位の神玉を象徴するそうです」
「それでも世界は」
「その通りです。事実、飛躍的な軍事改革を行ったロタニア王国はかつてテイセリス帝国を首都の一歩手前まで浸潤しました。今や世界の勢力図は神玉の保有数だけで説明がつかなくなってきているようにも思えます。第一、神様は世界から争いを無くすために神玉を人に渡したはずです。それが今、むしろ神玉の存在そのものが争いの原因に置き換わっています。カニバリズムがその象徴です」
「結局、世界の行く末は神さえも知らないわけだ」
タイチ達の会話は居酒屋の他の客の耳にも入っていたらしく、店全体が悄然とした空気に変わった。
「でも何でそんなことを?」
「いや、いや、学院では今、皆血眼になって少しでも上位の神玉を手に入れようとしているんだよ。俺はもう神玉を持っているからあれだけど、持っていない奴らは粉骨砕身の勢いで上位の神玉を狙おうとしているからさ」
「それでトップに立ったところで、緑位の神玉が関の山でしょう。青位の神玉は神威衛士の名家にほとんどが独占されていますし、二十年前のロタニアとの戦争で神玉のいくつかは所在不明になっています。残り三つの紫位の神玉も含めて」
「極端な格差社会だな、神威衛士って」
タイチは酒場の天井を仰いだ。ミハはもの言いたげな様子でタイチに視線を投げる。
「あれ、タイチさん、一つ勘違いしていますよ」
「何のこと?」
「タイチさんは確かに神玉を所有し、その身に同化しています。でも、あなたから神玉を奪うことは必ずしも不可能ではありませんよね?」
「おい、それって」
ミハの眼光に怪しい光が射した。
「神威衛士の養成学院では候補生が二種類に分かれます。一つは元々神玉を持っていなくて、人よりも優れた神玉を勝ち取らなければならない者、もう一つは自分が持っている神玉にふさわしい力を持っていることを証明しなければならない者です」
「どういう意味だよ? 俺から神玉を奪うって・・・・・・それって俺を殺すってことかよ!」
タイチの大声に、「殺す」という物騒な表現がまたしても周囲の注目を集めた。
「あれ、もしかしてテンパってます?」
ミハはからかうような目でタイチを睥睨した。
「こんな時に茶化すなよ」
それにしてもミハは他人事とはいえ、よくそんなことを平気で言うものだ。あるいは彼女は人並み以上の嗜虐心の持ち主かも知れない。席を立ちあがったミハはタイチを見下ろす。
「ま、頑張ってくださいね。私だってタイチさんに早期退場されては困りますから。あなたから得た情報料で弟達を養わなければなりませんから」
「弟、居るんだ。苦労しているんだな」
「ああ、こんな話をしていたら腹が立ってしまいました。それではまたの機会に」
ミハが店を出たすれ違いに店員がパフェを持ってきた。
「アイツ、何を怒っているんだろう?」
タイチも店員も、各々の疑問を抱えたまま凝然としていた。
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