第13話 朋輩

 翌日からセントラル・コミュニティに宿営地を借りて、タイチを含む三百人の候補生が神威衛士としての鍛錬を始めた。議場に集まったのは五百人だが、土壇場で考え直して故郷に戻る者や、神玉割当てのための模擬訓練で思う成果を上げられなかった者達の数が約半数ほど出た。その中には代々神威衛士の家柄に属して、祖国を敬愛する高い志を持つ者も居れば、またはタイチのように帝都の外から栄達の目的で神威衛士を目指す者達がひとまとめで構成されている。

 セントラル・コミュニティの西側で建物に囲まれた芝生の上で、タイチ含む五十人の神威衛士候補生が木剣を片手に横五列に並ぶ。

「今日は剣術の訓練とか言っていたな」

「あんな化け物とこんな剣で戦えって?」

 それぞれの握る貧相な木剣を見せ合いながら、せめて柄の長い槍が欲しいとか、こんな訓練が何の役に立つのかと、候補生の中から戸惑いと疑念の声が引きも切らず湧き上がる。

「みんな揃った?」

エリーレは甲冑を外し、フリルのミニスカートに同じ生地のジャケットという奇抜な格好で現れた。

「始めに言っておくけど、ここでは素振りや打ち込みみたいな基本はスッ飛ばしていくわよ。まず誰か、私の助手になってくれないかしら?」

 エリーレは候補生を見回した。そして白く長い首はタイチの方を向くとそこで止まった。

「君、来てくれる?」

 タイチは溜息をつきながら前に出た。

「あの、質問よろしいでしょうか? 俺を選んだのは私怨ですか?」

「問答無用!」

 エリーレは隠していた殺気を全開に放って裂帛の気合の下にタイチを横薙ぎに払う。タイチは木剣を縦において、片手で剣先を支えながらそれを受けた。乾いた木材同士のぶつかり合う張りのある音が蒼穹にまで響き渡る。エリーレの痛快な一撃と、それを見事に防いだタイチの反応速度に他の候補生は感嘆の声を上げた。

「不合格ね」

 エリーレの清冽な声がタイチに突き刺さる。不合格とはいっても、タイチが無傷なのは事実だ。

「不合格って、どういうことですか?」

「もし君が幻鬼ならば、カニバリズムは私の勝利に終わっている頃でしょう」

「はあ? 俺はまだ一撃も受けてないし!」

 タイチの中から反駁の声が沸々と上がる。さっきの手合わせに立ち会った候補生達も同感の意を示した。

「仕方ないわね」

 批判の嵐を浴びたエリーレは少しも顔色を変えずに建物の方へと歩いた。そこには木剣で打ち込みの練習をするための藁人形が整然と並んでいる。その一つの前で立ち止まったエリーレは先刻と同じように木剣を薙ぎ払う。上下に分断された藁人形の上の部分が芝生の上の空を高々と飛んだ。

「すげえ」

 エリーレの振るう木剣は刀身に沿って炎に包まれ、ほぼ使い物にならなくなっていた。彼女が軽く振り払って木剣の火を消すとライトブラウンの髪をなびかせて候補生に吃とした眼差しを向ける。

「今の一撃を実際に受けてみるまで分からない人はどうぞ前に出て来なさい」

 大半の候補生が唖然とする中、斬り飛ばされた藁人形を候補生の何人かが改めた。

「これ、木剣で斬ったんだよな?」

 その切れ目は鋼の剣で斬ったように断面がくっきりと絶たれていた。

「これが神玉の力、エッセンスよ。神玉が神威衛士に並外れた身体能力と治癒力を与えるのは知っているでしょ?それは一般にファンダメンタルと呼ばれている力よ。でも、神玉の真価はむしろエッセンスと呼ばれる計り知れない力にあるの。私達神威衛士は神玉の持つエッセンスを四種類の力に変えて解放できるわ。これはその一つ、《瞬撃》(ヴェロシティ)というもの。剣の一振りを光の瞬きのように高速に変える技法よ。それで切り裂けば何であろうと剣に劣らぬ兇器に変わる」

「あんな技を俺達も?」

「この学院の目的の一つは全員に神玉のエッセンスの発散を会得させることよ。ちなみに言っておくけれど、エッセンスを使えるのは幻鬼も同じよ。だから皆にはエッセンスの会得だけじゃなくて、エッセンスに対する防御も覚えてもらう。まずはお互い、ペアを組んで剣を交えずに打ち合ってみて」

 まごついていた候補生達は次第に相手を見つけて、周囲から木剣を振るう音がひとしお強くなってきた。

「何だ、お前とか」

 タイチが組まされたのは例のマクスファーに盾突いた槍の神威衛士だ。近くで対面すると筋骨隆々としていて首筋は木の幹のように太い。タイチと直接会話するのは初めてだが、彼の目には敵愾心とまでは言えないものの、タイチに友好的な態度を抱いていないのは確かだった。

「そういえば名前を聞いてなかったな」

「タイチ=トキヤだ」

「ふん、変わった名前だな。赤の帝都の出身じゃないだろ? 俺はアーロ=イトモス」

「そんじゃ、頼む」

 間延びした声の後、力のこもった斬撃が次々とタイチを見舞った。何度も言うがタイチには彼に恨まれる心当たりはない。それでもアーロの一撃は実戦のように剣気に満ちていた。タイチが腰を引けばすかさず一歩前に出る。木剣を折るつもりの勢いで振り回すアーロからは殺意に似た何かが伝わってくる。

「何だよ! いきなり本気か?」

 タイチが迫りくる一撃を力一杯に打ち返すとアーロの木剣が真ん中あたりで微塵に折れた。

「次、替えの木剣だ!」

 演習場の隅から新しい木剣を取り出したアーロはタイチの痛切な訴えに対し、言葉ではなく木剣で応えた。

「いい加減にしろ!」

 タイチが剣に込めた力を増した。アーロは人並み外れた力の持ち主だが、まだ神玉を宿してはいない。一方で彼より一回り体格の劣るタイチは青位の神玉を同化しているのだ。力量差は牛刀と蟷螂の斧を比較するほど、神玉を持つ側に圧倒的に傾いている。

「ぐっ!」

 タイチの剣捌きにアーロが押され始めた。そして次々と繰り出される斬撃の一つがアーロの防御を破って彼の肩を打ち付けようとしたその時、横合いから突如飛び込んだ影がタイチの木剣を受け止めた。

「君、もう少し手加減しなさい。これはあくまで撃剣の戦術を教える訓練よ」

 エリーレの声がタイチの耳元でした。

「すいません」

「君も。お互いにペースを合わせて攻撃と防御の基本姿勢を体で覚えなければだめよ。こんな訓練で大事に至ったら元も子もないじゃない」

「わかった」

 エリーレより頭一つ分大柄なアーロが委縮しながら頷いた。それから二人は仏頂面を躱しながら訓練を続けることになったのである。

「俺が一体何をしたっていうんだよ!」

 エリーレの号令によりその日の剣術が終了した後、タイチは思わず叫んだ。他の候補生達は夕方の涼風に肌寒さを感じて速足で建屋の中に戻っていた。

「そうだな。別にお前は何もしちゃいない」

「じゃあ、俺に何の恨みがある?」

「神玉」

 アーロはぽつりと呟いた。

「えっ?」

「お前、入所した同期の中で神玉を既に持っているんだろ?」

「それがどうした? そんな奴は俺の他にもいるし」

「気に食わねえ」

 アーロの目が獣のように炯々と光った。

「何の苦労も無しに神玉を手に入れる奴はいいよな。俺達は神威衛士の管理する神玉を勝ち取るために、入所式の翌日から熾烈な予備訓練を積んできたんだぞ」

 神威衛士養成学院に入所する前から神玉と同化したタイチ達はそれ以外の候補生に比べて優遇されていた。その一つが入所式直後の予備試験の免除である。神威衛士が管理する神玉を候補生全員に宛がうわけにはいかない。だからある程度の選別が必要となったわけだ。

「だから神玉を持っている奴が羨ましいって?」

「今はお前やマクスファーが強いのを認める。でも俺は、絶対に緑位の神玉を勝ち取ってお前を超えて見せる」

 アーロはタイチの前で大きな拳を握りしめた。

「俺の神玉等級を知っているのか?」

「知らんが、せいぜい黄位だろう。首を洗って待っていろよ」

 太い指をタイチに向けて、アーロは大股でタイチの前から立ち去った。

「緑位か。でも結局、俺の下なんだよな」

 アーロの野心の儚さを知っていたのはこの時、タイチ一人だったのである。

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