第12話 困惑した状況
「畜生、そっちは神玉を宿しているからだろ?」
「自分の敗因をどう理解してもらっても構わない。ただし行動はここを去るか、規則に従うかのどちらかにしてくれ。それより」
マクスファーの視線はタイチに移った。実はさっきの男が槍を振り回した時、槍の切っ先はマクスファーより先に、男の後ろに立っていたタイチに襲い掛かるはずだったのだ。
もちろんタイチはこんな所でやられるわけにはいかなかった。マクスファーが手を上げるより早く、タイチは後ろへ飛び退いて槍の猛威を免れた。その体捌きがマクスファーの目に留まったらしい。
「大丈夫かい?」
「はい、まあ」
マクスファーはしばらくタイチを詮索するように眺めていたが、やがてそれ以上会話することなく議場の雑踏の中に足音を消していく。
「マクスファー様、さすがです」
受付の女性達は仕事そっちのけにマクスファーの背中にときめいていた。
タイチも本音では一日も早いカニバリズムの出場を望んでいた。しかし、目の前の椿事に同じことを言うほど愚昧ではなかった。とりあえず神玉と同化していることだけを明示した彼が連れて来られたのは何層もの聴講席に囲まれた議場だった。神威衛士を目指す者達、五百人全員がこの場に集められている。
「一体、何が始まるんだか」
入り口で大立ち回りを働いた若者はまだ憮然として議場の椅子に収まっていた。
議場が満席に満たされると、少し間隔を置いて一人の神威衛士が軍靴の音を号令代わりに響かせて入ってきた。なよやかな四肢に線の綺麗な背格好を如実に示す銀の甲冑、ライトブラウンの髪を今日はゆったりと垂らしている。その姿は先日デリトリオン神殿で見かけたエリーレ=クレイゼルだった。
「見ろよ、エリーレだぜ」
彼女の姿に議場の随所からさざめく声が上がる。しかしそれは畏敬の念というより、何か悪い噂のように聞こえた。
「なあ、エリーレ=クレイゼルってそんなに凄いのか?」
思わずタイチは隣に座る少女を尋ねた。黒髪を長く伸ばす少女は少し驚いた様子でこちらを見る。
「知らないの? 《呪われた剣鬼》って異名の」
「呪われた剣鬼?」
「そこ!」
エリーレは敏感に反応した声が矢のようにタイチ目がけて飛んできた。確かにあんまりな呼び名だから、本人もそう呼ばれるのを嫌っているのだろう。エリーレの白面は敵愾心に満ちた表情でタイチを射抜くように見つめていた。
「私語は止めなさい。死にたくないのなら」
昨日あれだけの戦いをして来たというのに、エリーレは疲れの色を全く見せていない。身に着ける装束には昨日の返り血も、傷も全てが消えていた。全員が沈黙したところで、少女の落ち着いた声が議場中に響き渡った。
「これから皆さんを神威衛士に養成する教鞭をとらせて頂くエリーレ=クレイゼルです。始めに養成学院の学長、マクスファー=エンゲルトより第三十五期神威衛士養成学院の入所式式辞を述べさせて頂きます」
エリーレが軽く辞去して演壇を降りると、代わってマクスファーが議場に上った。小手に守られた腕を机に置くと、身を乗り出すようにして聴衆に語り掛ける。
「帝国の各地から集う勇者達よ。勇猛な諸君を神威衛士の同胞に迎えられて僕は誇り高く思う。諸君の中には既に神玉と同化している者がいるが、必ずしも神玉だけが神威衛士の本質でないことは勘違いしないでほしい」
今日の事件に合わせてマクスファーは台本を変えたのだろうか。大暴れした槍の神威衛士が悪びれて視線を伏せる。
マクスファーは苦虫を噛み潰したような顔で語る。
「その教訓として一例を示そう。我々は今、幻鬼術師と摩擦状態にあるが、その中に卑劣な手段で我々の同志を襲い続ける幻鬼がいる。イエロードッグという名で、人の背丈の半分しかない野犬の姿をした幻鬼だ。そんな外見に高をくくったのか、経験の浅い神威衛士達はこぞってイエロードッグを狙った。しかしそれこそ敵の思うつぼだった。戦いに馴れていない神威衛士達をイエロードッグは容赦なく噛み殺し、その神玉を奪い続けている。そんな怪物を育てたのは我ら神威衛士の驕りによるといっても否定はできない。だから僕は、神威衛士を神玉に頼る無能集団にしてはならない。武人としての誇りと英知を忘れるな。話は以上だ」
マクスファーの現実的な演説に議場は完全に沈黙させられた。
「神威衛士って、そんなにヤバいのかよ?」
誰かが問いかけた。
「この一か月間、開催されたカニバリズムは五十八件、そのうち我々神威衛士の勝利はわずか十一件。つまり四十七人が散ったことになる」
「そんなに・・・・・・」
「俺、辞めようかな」
議場から嘆息の声が漏れた。そこへ再びエリーレが現れる。
「では、これからカリキュラムを始めさせていただきます。この学院の修了目標は皆さんにエッセンスを会得してもらうまでです」
エリーレはタイチ達神威衛士の新参者がこれから辿るべき道を淡々と語り続けた。
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