第11話 会合

 かつて、神威衛士はテイセリス帝国の象徴であり、子供達の憧れであり、何より武人の花形であった。彼らの強みは人間を遥かに凌駕する身体機能や人間離れした数々の神技。神玉の力は普通の人間を武神へと変貌させ、その力は代々神威衛士の家督と共に受け継がれ、人から崇められてきた。街を歩けば人垣は自ずと割れて道を拓き、免税や恩賞の制度は貴族にも匹敵するほど優遇されていた。そんな栄光の歴史も今や過去の幻と化している。

 ミハに案内されたセントラル・コミュニティは風聞に聞くより幾分荒涼としていた。中央の尖塔を起点に左右対称の建屋が石畳の広場を囲むようにそびえているのだが、そこを歩くのは番兵らしき神威衛士と、恐らく野心を胸に上京してきた新米の神威衛士候補が数人通り掛かっただけだった。開閉に五人を要する大扉を潜ると、ミハに言われた通り数人の女性の神威衛士達によって新兵の受付事務が粛々と進められていた。神威衛士に応募してくるのは帝国の津々浦々から集まって来た屈強な戦士やら力士やら傭兵達だ。意外だったのは、年端もいかない少女も随分混じっている。

「どういうことだよ!」

 丁度、タイチの前に並んでいた一人の若い男のがらっぱちな声は遥か高くの天井まで轟いた。

「ですから、新人の神威衛士がいきなりカニバリズムに出場することは出来ません」

「俺は神玉を同化しているし、実戦経験もある。なまじ訓練を積んだところで今更何の役に立つわけでもない」

 男は短い槍を受付の机に置いた。樫の木で作られた槍の柄が威圧的な音を鳴らして机上をしたたかに打つ。

「そうは言われましても」

 受付の神威衛士は困惑した顔で俯いた。

「何があった?」

 やがて人ごみを掻きわけて現れたのはいかにも謹直な銀縁眼鏡の神威衛士だ。全身を隙間なく囲むプレートアーマーは神威衛士の中でも高貴な身分の者が好んで新調するという。そういう神威衛士には粗相のないよう気をつけろ、とタイチはミハからの忠告を思い出していた。

「マクスファー様」

 さっきまで委縮していた受付の神威衛士達は憧憬の眼差しを彼に向けた。マクスファーと呼ばれた神威衛士は最初に彼らを、次にトラブルを持ち掛けた神威衛士の候補者に視線を移す。

「聞いてくれ。神玉さえあれば即戦力になる。ここへ来たのは神威衛士の養成学院でダラダラ過ごすためじゃない。早く俺をカニバリズムに出してくれよ」

 若者は相変わらず横柄な口調でマクスファーを捲し立てた。

「そう焦るな。君がカニバリズムに出場したところで、幻鬼に神玉を差し出すようなものだ。赤の帝都での暮らし向きに憧れて来たのかどうかは知らないが、少しでも長生きしたければ自重することだ」

 理知的な単語を流暢に並べながら諫めるマクスファーに対し、若い男はなおも憮然としている。

「何だと! 俺がすぐやられるって言いたいのかよ! 俺だって相応の神玉を持てば神威衛士になれるんだぞ」

「君は神威衛士を愚弄しているのか?」

 マクスファーは頭に血を昇らせる若者を横目で見ながら鼻で笑った。若者の熱気はいよいよ激情に変わった。

「馬鹿にすんじゃねえ!」

 彼は机に置いた槍を素早くつかむと槍を撓らせる勢いでマクスファーを叩こうとした。あれだけの腕力で振るわれる槍に当たれば、たとえ柄だとしても相当の怪我を負わされるだろう。だがマクスファーはそれを肘の一本で受け止めた。激痛が走るはずだが彼は顔色一つ変えない。そしてもう片方の腕が逆手で剣を鞘から走らせる。雷光に似た瞬きが周囲を照らしたかと思えば、マクスファーは剣を持ち替え直して鋭い切っ先を男の首に突き付けていた。声を上げれば喉に刃が当たるほどの至近距離だったので、男は呻吟を漏らした。

「僕が幻鬼だとすれば君からためらいもなく神玉を奪うだろう。君はまだ生きているが、それは実力のお陰じゃない。僕の情けによるものだ」

 戦士にとってこの上ない屈辱を浴びせられた男は完全に意気消沈した。

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