第10話 若手の戦士

 ミハはしばらく何も言わなかった。やがて笑いながら体裁を繕う。

「タイチさんって面白い人ですね。神玉は路傍の石ころとは違いますよ。普通の人が簡単に手に入れられるはずは有りません」

「いや、本当だってば」

 タイチは困惑した表情で訴える。タイチ自身、神玉を所有すると素直に信用されるとは思っていない。しかし今更新しい神玉など必要がない。そんな煩わしい仕事に巻き込まれるよりも、タイチは一日も早く幻鬼との闘いに臨みたいのだ。

「しょうがないな」

 タイチは服の片肌を脱いだ。鳩尾の辺りに放射状に広がる痣が広がっていた。

「その痕は」

 ミハが目の色を変えてタイチの胸の痣に食い入る。

「自分で神玉をその胸に同化させたのですか?」

「ああ」

 タイチは胸の痣をしまう。

「ちなみに聞きますけど、神玉等級は何ですか?」

「神玉等級?」

「知らないのですか? 神玉といってもまさに玉石混合でしてね、神玉の色によって与えられる能力は大きく違うんです。タイチさんが今同化したというその神玉は何色だったんですか?」

 ミハは頬杖をついてタイチの回答を心待ちにした。ここでタイチが見当違いの答えでもすれば高笑いにするつもりだろう。

「俺の神玉は、青かった。海の深淵みたいな紺と青の中間というか」

「青、ですか? ええぇーー!」

 ミハが頓狂な声を上げて机を立ったせいでタイチ達は客からの注目を一斉に浴びた。

「どうしたんだよ?」

「今、青って言いました? 言いましたよね!」

「その青ってどのくらいの強さだ?」

 タイチは自分が同化した神玉の序列を知らない。十年前以来、神威衛士と深い付き合いがないから、カニバリズムのことはおろか神威衛士としての常識すら持たず、ただ十年前のテトラとの約束がタイチをここまで連れてきたのだ。

「よく聞いてください。神玉等級では、上から紫位、青位、緑位、黄位、橙位、赤位の六段階に分けられます。つまりタイチさんは二番目の青位ということです」

「そうか、俺って結構上なんだな」

 タイチは泰然と答えた。

「でも、そんな物を一体どこで手に入れたんですか?」

「幻鬼に殺されたある人の形見みたいなものさ。十年前に、ミュートフ村でな」

 タイチの表情が暗く沈む。

「・・・・・・そうですか。タイチさん、もしかしてカニバリズムに来たのは」

「約束したんだ。幻鬼から一人でも多くの命を救ってくれって。だから、カニバリズムで神威衛士が血を流すこの赤の帝都に来たんだ。ところで、蛇の頭を持った巨人の幻鬼を知らないか?」

 タイチは故郷を蹂躙した幻鬼の特徴を詳らかにミハに説明した。あの日にタイチが五感で得た感覚は当時から少しも鮮明さを欠かずに記憶されていたのだ。巨大な幻鬼の特徴を細部まで。

「そんな幻鬼、私は見たこともありません。少なくとも赤の帝都にはいないと思います」

「ギストリという名前は?」

「ギストリですか。テイセリスではありふれた姓ですが、私の知る限りその名の幻鬼術師はいません」

「赤の帝都にはタイチさんの言う幻鬼術師はいないと思います。彼らにも派閥があって、この赤の帝都を牙城にしているのは、確かマラダイト=キングレーという幻鬼術師の一派です」

「そうか。向こうも一枚岩じゃないってことだな」

「事実、ミュートフ村を襲撃した犯人は幻鬼術師の世界の中でもとりわけ異端とされていたそうです。今は混乱の最中に行方不明ですが」

「でも戦い続ければいつか会えるかもしれない。そんな気がするんだ」

「まずは明日、正式に神威衛士就任のためにセントラル・コミュニティへ行きましょう。神威衛士達が幻鬼術師との戦いに備えて作った指揮本部です」

「それじゃ、案内を頼む。見ていてくれよ。テトラ姉ちゃん」

若手の神威衛士、タイチ=トキヤの人生をチップにした復讐劇はまだ始まったばかりだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る