第6話 神殿の儀式
帝都を彩るデリト石の建造物の中で特にランドマークとなっているのは、帝都中央に巍然と構えるデリトリオン神殿だ。卵型の敷地を、滑らかに仕上げたデリト石の壁が取り囲み、東西南北それぞれ一カ所ずつ見張り用の尖塔が設置されている。その壁の向こうには数千人の観客を収容する幾重にも重ねられた壇上席、そして最も内側には広大で平坦な赤土の更地が設えてある。身の隠し場も地形の優劣もないその場所に立つ者が頼りに出来るのは、己の力量と運のみである。
一方で、闘技場の北側には特に人目を引く存在がある。神殿の壁一面に削り出されたデリト石のレリーフだ。二匹の大蛇が絡みつき、共食いする様子を克明に描くそのレリーフは、作者も由来も今一つはっきりとしていない。しかし時が過ぎてもなお、作者の魂が抜けることのないこの芸術は圧巻の出来栄えであることに異論はない。そして、そのレリーフは奇しくもこの神殿で最近行われるようになったある行事を予言するかのようだった。
神殿の様相は見世物の決闘を行う闘技場にほかならないが、その地を踏みしめて戦うのは奴隷でも獣でもない。ここは数百年の長きに渡り、神威衛士が公式に技を競ってきた闘技場として知られる神聖な場となされていた。とはいっても、礼拝堂のように人を寄せ付けない厳然たる雰囲気に包まれているわけではなく、実際夕刻になると身分も職業も様々な人の渦が帝都中から押し寄せて賑わう。
「あの、隣に座ってもいいでしょうか?」
人のよさそうな小太りの男にタイチは上目遣いで尋ねた。神殿の観戦席には特に指定がないため、運よく観戦を許されても絶景のスポットは自分で確保しなければならないのだから厄介だ。そして砂漠で水を探し求めるようにさまよった挙句、やっと見つけたのがその席だった。
「いいですよ」
男は紳士的な振る舞いで快諾してくれた。機嫌がいいのか、闘技場を眺める間にも口元が微笑んでいる。帝都の一般人にとってみればカニバリズムは娯楽である。神威衛士と幻鬼術師が切磋琢磨した技を惜しみなく披露するのが人気の理由だ。彼らが命や名誉のために戦っていることは観戦客にとっても周知の事実のはずなのだが、闘技場と転落防止の手すりで隔てるこちら側では、しょせん対岸の火事に過ぎない。
何はともあれ、タイチはデリト石の上に腰を下ろす。烈日に当てられた観戦席の石はわずかに温かい。そこに人の温気も加わって、日も傾きかけたのに屋外の観戦席はあまり涼しくなかった。
「まだ始まってないですよね?」
「大丈夫。これからだ」
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