孤高の女騎士様、じつは声の小さな超恥ずかしがり屋さんでした~使えないとパーティー追放された僕のスキル【超聴覚】ですが、会話に飢えていた女騎士様にすっかりなつかれてしまったようです

御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売

孤高の女騎士様

 鋭い眼光が、僕を見下ろしている。


 その切れ長の瞳は、とても冷たく澄んでいて、まるで晴れ渡った日の雪原を思わせる色あい。

 整いすぎた顔と、それをとりまくプラチナブロンドの髪。その二つがあわさって、一目でも見てしまえば誰もが言葉につまるほど、美しい。


 ──これが『孤高の女騎士様』、ニーナソーカ=ソシエガード……


 僕ことリッツは、冒険者でありながら『孤高の女騎士様』と皆から二つ名で呼ばれているぐらい有名な彼女と、なぜか暗い暗いダンジョンの中で無言のまま見つめ合っているところだった。


 間近にある、その美しい瞳にまるで吸い込まれてしまいそうだ。


 その時だった。スキル『超聴覚』をもつ僕の耳に届く、小さな音。


 うるさいほどに鳴っている二人分の鼓動と呼吸の音をぬって聞こえたその音に、僕はとっさに警戒の声をあげる。


「地面の下っ! そこ、下がってくださいっ!」


 ダンジョンの床が、ボコッと膨らむ。

 ニーナソーカの印象的な瞳が、僕を値踏みするように観察をしたのがわかる。しかしそれも一瞬のことだった。すぐに余裕をもってその場から飛びのくニーナソーカ。


 驚くことに、僕を抱えた状態で、だ。


 片手で横抱きにされ、一気に流れる天井の景色。僕が目を白黒させていると、モンスターがダンジョンの床を突き破り現れる。


 ワームだ。

 それは、一言で言えば巨大なミミズ。


 とはいえ、ミミズとの違いもある。ワームの先端にある口らしき部分には、鋭い牙が、いくえにもならんでいる。

 そっと床に僕を下ろすと、抜剣し、一瞬のためらいもなく、ワームへと切りかかるニーナソーカ。


 一閃。

 非常に鋭い太刀筋だ。


 ワームの頭部が、それだけでスパンと切断される。


「まだです、ニーナソーカっ! 魔核はそこから三節分、下。体の中央です!」


 ワームの体内で、魔核の音が脈打つように鳴り続けている。僕はそれを伝えたくて、思わず叫んでいた。とっさのことで、その名を呼び捨てにして。

 ちらりとこちらを見た、ニーナソーカ。


 その瞳は氷点下の冷たさを湛えた氷のよう。


 ──やってしまったっ!? 名前の呼び捨てとか、どう考えてもなれなれしすぎたっ。


 ゾクッと僕が思わず身震いしたときだった。

 ニーナソーカが、とても小さな声で呟く。


(ぁりがとぅ)


 超聴覚スキルをもつ僕でなければ絶対に聞き落としていたであろう、本当に小さな呟き。

 しかしそれはニーナソーカの美しい唇が、確かに紡いだ言葉だった。


 ──え、いま僕、孤高の女騎士様にお礼を言われた……?


 混乱する僕をよそに、頭部を失ってなお反撃の兆しを見せるワーム。

 しかしそこへ、ニーナソーカの稲妻のような刺突が放たれる。

 僕が伝えたまさにその場所に、ニーナソーカの剣が差し込まれた。


 魔核の脈動が、消える。


 次の瞬間、ワームの全身から力が抜け、ドンッとダンジョンの床へとその巨体を横たえたのだった。


 砂ぼこりが巻き上がる。


 ニーナソーカが、剣を一振りする。剣風によって砂ぼこりが吹き散らされ、颯爽とその姿が現れる。


 地面に座り込んだまま、ぽかんとその姿を眺めていた僕の所へと、つかつかと近づいてくるニーナソーカ。


 僕の様子を表情一つ変えず、ただただじっと見下ろしてくる。

 あまりに整いすぎた顔が一切の表情を浮かべていないのだ。百人中九十九人は彼女が何かに怒っているのかと誤解しても仕方ない。僕も今度こそ怒られると身構えた時だった。


(──ぃじょうぶ?)


 再び紡がれたニーナソーカの言葉。やはり超小声だ。それは僕のスキルをもってしても、始めの部分は聞き逃してしまうほど。

 しかしその内容から推察すると、どうやら僕のことを心配してくれているようだった。


 ──え、ええっ?! 孤高の女騎士様って、実は怖い人じゃない、のかな?


 混乱に拍車がかかるあまり、僕はそんなことを考えていた。

 返事をしない僕に対して、ニーナソーカの瞳がすうっと細められる。


 それを見て、僕は慌ててニーナソーカに返事を返す。


「大丈夫ですっ! あの、ありがとうございます。助けて頂いて……。僕はリッツといいます。ソシエガード様」


(……ぁ)


 ニーナソーカのとても短い声。先程より少しだけ見開かれた瞳と、小さく開いた唇。

 僕にはそれが、驚きと、どこか残念そうな表情に見えた。


 ──孤高の女騎士様の、いまの表情はなんだったんだろう?


 疑問がぐるぐると頭のなかを回る。そして生まれる無言の時間。


 ダンジョンに満ちる、静寂。


 僕はその無言の空間にたえきれず、聞かれていないことまでぺらぺらとニーナソーカに向かって話し始めてしまう。


「──実は僕、パーティーを追放されたばかりなんです。僕、斥候スカウトなんですけど、火力にならないスキル持ちはもうパーティーにいらないって……」


 そこで口ごもる。会ったばかりの、しかも二つ名持ちの高ランク冒険者である彼女相手に、何を話しているのだと自嘲する。


(……)


 ニーナソーカからの返事は無い。相変わらずの無表情だ。しかし、なんとなく話しかけられるのを嫌がられてはなさそうだった。そのせいもあって、僕はそのまま話しを続けてしまう。


「しかも、転移罠を無理やり起動させられて。それでこんなワームの巣に転移して、立ち往生していたんです。……ところで、ソシエガード様はどうしてここに?」


(……探し物……)


 わずかに伏せられた瞳。しかしその声は今までで一番はっきりと聞こえた。


「──何か、大切なものなんですか?」


 こちらを向く、ニーナソーカの瞳。それは、何かとても珍しい物を見たときのような印象を受ける。


(……時計。親の形見)


「あー。……僕のスキル、超聴覚で、耳が良いんです。時計が動いているなら、少しは探すの、お手伝いができるかも。そしたら、ここを抜け出すの助けてくれませんか?」


 僕はダメ元で取引を持ちかけてみる。

 ここでニーナソーカに断られたとしても、この耳でワーム達を避けていけば、不測の事態さえなければ何とか抜け出せるかも知れない。

 しかし、協力した見返りにニーナソーカに助けてもらえれば、生き残る確率はかなり上がるだろう。

 僕はじっとニーナソーカを見つめ、全神経をその返事に集中する。


 そのせいか、とても不思議なことに気がついてしまう。

 ニーナソーカの鼓動の音が明らかに早い。さっきワームへ切りかかった時よりも今の方が早いぐらいだ。


 ──何か、脈が早くなることでもあるのかな。あ、もしかして僕のスキル「超聴覚」に期待してくれている? うーん。あまり過度な期待はプレッシャーだけど、でもオーケーの返事をもらえる確率はこれで上がるかも!


 ごくわずかに開いては閉じてを繰り返すニーナソーカの唇。

 じっと耳をすませても、そこから返事は出てこない。ただただ美しい唇が小さくパクパクするだけだ。


「あの、どうでしょうか。お役に立てると思うんですけど」


 僕の再度の質問に、ニーナソーカは口を動かすのをやめて、小さく頷いてくれた。


 ──よしっ!


 心の中で僕はこっそりと喝采をあげる。


「それで時計はどんな経緯で失くされたんですか。ゼンマイ式ですよね? あ、あと、もし大きさとかもわかれば」


(懐中時計。戦闘中、鎖がひっかかって。ワームの牙に──)


 両手で輪っかを作ってサイズを示してくれるニーナソーカ。

 それはこれまでで一番長いニーナソーカからの返事。どうやら事務的な話しは、しやすいのかもしれない。


「なるほど! ソシエガード様はそういう理由で、ここまで来られたんですね」


 僕は、ニーナソーカがこの区画にいた理由に納得する。ワーム自体は地中を移動してダンジョン内の様々な場所に出現するのだ。

 そのどこかで、ワームと戦闘中に引っかけられて時計を失くしたのだろう。それを探しに、このワームの巣にまでニーナソーカはわざわざ降りてきた、という訳だ。


 ──僕にとっては本当に幸運だ。こんな危険なだけで、見返りの無いエリアには普通の冒険者は来ないからな……。あとは時計のゼンマイがきれてないといいんだけど。


 売れる部分の無いワームは、冒険者から煙たがれるモンスターだ。さらには、突然、地面や壁から現れるのだ。

 嫌われものモンスターランキングがあればトップスリーには入るだろう。


 そんなわけで、僕もほとんどワームと接敵したことがなかったのだが、幸いなことにさきほど、魔核の鼓動は覚えた。


 僕は地面に伏せるようにして、片耳をダンジョンの床にくっつける。


 全神経を音に集中する。

 スキルが僕の中でどんどんと広がっていく。


 全身を満たすスキルの存在。

 まるで超聴覚のスキルと僕自身が一体になったかのような錯覚を覚える。


 世界に満ちる音が一気になだれ込んでくる。

 自分自身を除けば、一番聞こえるのは隣に立つニーナソーカの発する音。

 心拍が相変わらず早い。


 僕はそれも意識の中から除外する。


 次に、このワームの巣にひしめく魔核の鼓動。

 いくつもあるそれを丹念に聞き分けていく。


 ──違う。これも違う。


 近い順に、一つ一つ。

 望むものでなかった分を、やはり意識から除外していく。


 この技が実は超聴覚の肝だった。


 慣れるまでは随分と雑音に悩まされたものだったが、今では意識して不要な音を雑音と認定し、そのまま意識から完全に消すことが出来るようになっていた。


 ──あった。


 そして、僕はついに見つけた。

 ひときわ力強く脈打つ魔核のとなりで、時を刻む規則正しい音がした。


 僕はその音を意識の中でマーキングする。


 そこまでして、僕は地面から顔を離すと立ち上がる。服についた砂を払い落とすと、顔をあげる。

 じっとこちらを見つめてくるニーナソーカに告げる。


「見つけた、と思います。方向は、あちら。ここから近いです」


 僕の指差す先を見つめる、表情の変わらないニーナソーカ。

 しかし、ここ何回か言葉を交わした僕には見てとれた。無表情のニーナソーカの瞳が微かにきらめき、白く美しい頬にわずかに赤みが差したのを。


 それは明らかに僕の言葉によって生じた、変化だ。


 本当にごくごく僅かな、変化。

 しかしそのごく僅かな変化で、ニーナソーカの人間味が一気に増す。ただ美しいだけだったのが、麗しく、そして愛しくすら見えてくる。


 僕はそこで慌てて首を振ると、周囲の音に集中しようと試みる。


 ──ダメダメ。僕と彼女じゃ住む世界が違う。僕はパーティーから追放されるようなダメ冒険者。彼女は二つ名持ちの有名人。変な気を起こすんじゃないぞ、リッツ。


「あ。音が、移動しているっ。ソシエガード様、追いましょう。こちらです!」


 僕は自分の思いを振りきるようにして、歩き出す。


 そのせいで、ニーナソーカが何か呟いたのを聞き逃してしまった。

 言葉を飲み込むように口をきゅっと結び、僕のあとを追いかけてくるニーナソーカ。


 そうして、僕たちは足早に時計のあとを追い始めた。


 ◇◆


「近いです」


 僕は足を止めるとそっと右手を横にあげる。

 ニーナソーカへ停止を伝えようとあげた手に、何か柔らかいものが触れる。

 驚いてそちらをみるとニーナソーカの左手が僕の手を握っていた。

 滑らかな手触りの手袋ごしに感じられるニーナソーカの手。それはその剣の腕前に反して、とても柔らかかった。


 一気に僕の心臓の鼓動がはね上がる。

 想定外の事態に、僕は思わず固まってしまう。


 ──な、な、なんでソシエガード様に、手を握られてるんだ?


(……すすんで、ぃぃ)


 真剣な面持ちでこちらを見ながら、呟くニーナソーカ。どちらかと言えば、睨んでいるのかと誤解してしまうぐらい強い視線。


「あ、はいっ!」


 僕は言われるがままにニーナソーカの手を引いて進み出す。

 僕の歩調に合わせて、ニーナソーカも歩みを進める。


 ──そうか、暗いからだ。僕は音の反響でわかるから気にしてなかったけど……。この暗さ、そして伝えた僕のスキル。それで手を差し出すように上げたから、ここから先は僕と手を繋ぐようにって言われたと、誤解されちゃったんだ……


 高鳴る鼓動がうるさいなか、ようやく僕はどうしてこうなったか気がつく。


 ──今からでも誤解だったって伝えた方がいい、よね?


 意を決してニーナソーカの方をちらりと見た僕。その視界に飛び込んできたのは、伏し目がちのニーナソーカの横顔。


 僕から正面に見えるのは、形の整った耳。それが赤い。


 真っ赤だ。


 ニーナソーカの鼓動の音も、再び早くなっている。今回はまるで早鐘のようだった。


 ──これって、もしかして? 僕と手をつないでいるから? え、いや、そんなわけないよね……


 僕は動揺して思わずニーナソーカの赤く染まった耳から視線をそらしてしまう。ただ彼女の鼓動の音だけは、聞くことを止められない。


 ニーナソーカの早鐘のような鼓動の音にあわせて、僕の鼓動までが、つられるようにどんどんと早くなっていく。


 ──ど、どうしよう!?


 その時だった。ワームの姿が見えてくる。

 巨大だ。先ほど現れたワームの数倍の大きさはある。


 ──大きい。このワーム、もしかして巣の主なのかっ!?


 スッと繋がれていた手が離される。

 そのまま一気に駆け出すニーナソーカ。その足音は軽やかだ。早鐘のように売っていた心臓の音も、今はすっかり落ち着いている。


 ──すごい。ここまで静かに駆けれるなんて。僕が聞いてきた中で、一番、静かな走法かもしれない。


 僕がニーナソーカの技量に感心している間に、ニーナソーカがワームへあと少しのところまで近づいていた。

 しかし残念なことに最後の瞬間、ニーナソーカの接近はワームに気づかれてしまう。


 ワームの巨大なしっぽが振るわれる。地面すれすれを薙ぐように振るわれたしっぽを、ニーナソーカの剣が迎え撃つ。


 ワームのしっぽの動きに、剣を添わせるニーナソーカ。そのままその勢いを利用して、くるりと宙返りするようにしてワームのしっぽを飛び越える。


 ──すごい身のこなし。しなやかで、美しい……


 着地ざまにワームへと差し込まれる刺突。それはワームの魔核を的確に貫いていた。


 僕は、そこで違和感を感じる。

 近くに、まだ魔核の脈打つ音がするのだ。


 気がつけば、僕は一歩、踏み出していた。それはすぐに駆け足となり、ニーナソーカへと駆け寄る。

 抜き放ったナイフを両手で構えるようにして、ニーナソーカとワームの間に立ち、叫ぶ。


 動きがとまっていないワームからのニーナソーカへの攻撃を防ぐために。


「ニーナソーカっ! 魔核がもう一つ! 頭部ですっ!」


 僕が構えなナイフめがけて、巨大なワームの牙が襲いかかる。そのあまりの勢いに僕は吹き飛ばされてしまう。しかし、その攻撃は無事にニーナソーカから、それてくれた。


 飛ばされて宙を舞うなか、体勢を立て直したニーナソーカがワームの頭部へとその剣を一閃するのが見える。

 今度こそ確かに息絶えるワーム。


 ──良かった……


 僕は安心すると、地面に叩きつけられる衝撃に備える。


 ──あれ、痛く無い。どちらかというと、ふわふわと柔らかい?


 ゆっくりと目を開ける。こちらを見下ろす鋭い眼光と、目が合う。

 どうやら落下するところをニーナソーカが受け止めてくれたようだ。


 本日、二度目の腕の中。


 まさに、お姫様だっこ状態。

 僕は身じろぎしかけて、ピタリと動きを止める。


 ──これは、色々と、まずいっ!


 そのまま目線だけを動かし、僕は必死に状況把握につとめる。

 その間にも柔らかなもの越しに聞こえる、ドクンドクンという音。その距離の近さも相まって、超聴覚のスキルを使用していなくても聞こえそうなほど大きい。


「あ、ありがとうございます……。ソシエガード様。あの……おろして、頂けます?」

(にーな)

「……ええっと?」

(なまぇ。にーなで、ぃぃ)


 無言の間。


 差し障りがありすぎて、じっと固まったままピクリとも動けない僕。

 そんな僕をその美しい瞳で見下ろしたまま、ニーナソーカはいつまでも経っても下ろしてくれる気配がない。


 僕は意を決して口を開く。


「ニーナ。……下ろして?」

(ぅん。──リッツ、庇ってくれて、ぁりがとぅ)


 その柔らかさから解放されると、僕はフラフラとニーナから離れながら、地面にヘタリこんでしまう。


 ──心臓に、悪い。悪すぎる。


 深呼吸を繰り返し、必死に心臓の鼓動を落ち着ける。

 その間に、ニーナは、倒したばかりの巨大なワームの死骸の周りを確認していた。


(ぁった)


 どうやら探していた懐中時計は、ワームから外れて、落ちていたようだ。

 小さいながらも、そのニーナの喜びの声は確かに僕のところまで届いた。


 怜悧なニーナの顔が喜びで、わずかにほころんでいる。懐中時計は、とても大切な形見の品なのだろう。


 そんなニーナの顔が、僕にはとても優しげに見えた。


 ──ああ、いいな……


 僕は、ぼおーっとそのニーナの表情を見つめてしまう。


 その間にも何やら作業を続けるニーナ。

 どうやら切り離した巨体ワームの頭部を腑分けしているようだ。


「ソ、──ニーナ。何かまだ、探しているの?」

(ワームの魔核)

「ああ、なら僕がやるよ。──ニーナは汚れるから下がってて」


 僕はまず、手にしたままのナイフを確認する。頑丈さだけが取り柄の一品だ。特に歯こぼれもない。

 そのまま腕まくりをすると、魔核の音を頼りにどんどんとワームの頭部の肉を切り裂いていく。


 前のパーティーでは良くやらされていた仕事だ。あっという間に魔核をほじくりだす。

 荷物から取り出したぼろ布でざっと体液を拭き取り、ニーナへと渡す。


「ワームの魔核だけど……」

(ぅん。体内に二つ魔核を持つのは特別。たぶん高く売れる)


 珍しく饒舌なニーナ。


 ──孤高の女騎士様とはいえ、やっぱり冒険者なんだな、ニーナも。


 キラキラとした瞳で魔核を見つめるニーナに見とれていると、続けて話しかけられる。


(売れたら半分こで、ぃぃ?)

「ええっ! そんなにもらえないよっ。倒したのはニーナなんだから」


 ぶんぶんと僕は首を横に振ってしまう。


(リッツの案内のおかげで懐中時計も見つかった。魔核の位置を教えてくれたのもリッツ。それに庇ってくれた)


 小声で、なぜか早口のニーナ。

 僕は思わず聞き逃さないように耳を近づけてしまう。

 聞き終わってふと正面をむく。

 目の前すぐに、ニーナの紅潮した顔があった。


 思わず、僕まで顔が赤くなってしまう。


「う、うん。それじゃあ、半分こでお願い、します」


 心臓の高鳴りで、言葉がどことなく拙くなってしまった。


 ◆◇


 無事にダンジョンを抜け出した僕たちは、なぜか二人して冒険者ギルドへときていた。


 ──いいのかな。いや、たぶん魔核を販売してすぐに折半するためだよね。うん、きっとそうだ。


 ギルドの建物に入ったところで、僕は嫌なものを見つけてしまう。

 僕を追放して罠にかけたパーティーメンバー達だ。


 ギルドの受付で、何やらもめている様子。


「だーかーらー。リッツのバカは勝手に罠にかかったの。帰ってきてないんだからさっさと死亡登録してよ、ねーちゃん。ほら、俺たちパーティー加入型の保険入ってるからさ、メンバー死亡時の金が出るんだろ?」


 受付にだらしなく寄りかかりながら、大声を出しているのはパーティーリーダーのゴンドールだ。


 ──ああ、保険金目当てで僕は殺されかけたのか。たしか保険金といっても、大した額にはならないはずなんだけど。そうか……ゴンドールにとって僕はその程度の価値だってことか……


 ニーナがじっと僕の様子をうかがっているのが、わかる。

 思わずニーナの方を向いて、意識して作った笑い顔を浮かべてしまう。

 自分でも、だいぶ力の抜けた笑い顔をしてそうだなーとは思いつつ。それでもニーナにはあまり見られたくなかったのだ。


 そんな僕の様子をみて、ゴンドール達のほうをちらりとみると、僕の手を左手で握ってどんどんとギルドの別の受付へと歩き出すニーナ。

 引っ張られるようにして僕もそのあとに続く。


「ニーナソーカさん! お帰りなさい!」


 応対したギルドの受付嬢の満面の笑みと心からの歓待。


 ──さすが二つ名持ちの高ランク冒険者。ギルドの受付嬢からも人気なんだな、ニーナは。


 受付嬢は手を繋いだままの僕たちをちらりと見て、少しだけ目を見張ったのがわかる。


 ──ごめんなさい、僕なんかがニーナと手を繋いでるのをみたら、驚くよね。しっかりと握られてて外れないんだ……


 何やら手で受付嬢へ合図をするニーナ。素早く受付嬢が書類を用意すると、ニーナが一気に書き上げていく。


 それは剣さばきに負けるとも劣らない素早いペンさばき。

 しかも受付嬢も慣れているのか、次から次に書類をニーナへと差し出している。


 大量の書頼が、一気に書き上がっていく。


 その時だった。ゴンドールが大声をあげる。


「な、リッツ! お前、なんで生きているっ!」


 ちょう書き終えたニーナが、すべての書類をまとめてギルドの受付嬢へ提出すると、鋭く、そしてとても冷たい一瞥をゴンドールへおくる。


「リッツ。な、なんでお前が、孤高の女騎士様と一緒にいる……」


 冷たい視線に射抜かれたゴンドールが、そこで言葉につまる。


「ニーナソーカ様、リッツ様。お二人はこちらへ」


 ニーナの相手をしていた受付嬢が僕たちに、奥へといざなってくる。

 なぜかニーナが僕をゴンドールから庇う立ち位置につくと、ゆっくりと背中を押してくる。

 押されるがままに歩き出す僕。


 その背後で、ゴンドールは先ほどまで怒鳴っていた受付嬢から、書類を突きつけられていた。


「ゴンドール様、およびパーティーメンバーの皆様に対してリッツ様の殺人未遂、虚偽の死亡報告、保険金搾取詐欺の容疑がかけられました。今後の発言はすべて不利な証拠となる可能性があります、つきましては弁護人の選出を──」


 背後で扉が閉じる。

 しかし僕の耳には半狂乱になって叫び始めたゴンドールとそのパーティーメンバーの声がドア越しに聞こえていたのだった。


 ◇◆


 そのまま廊下を進んだ先の部屋で、僕はニーナと並んで座っていた。

 目の前にはさきほどニーナの対応をしてここまで案内してくれた受付嬢のナナリアさん。なんと、ナナリアさんはニーナ専属の受付担当だと、自己紹介してくれた。


 ──道理で手慣れている訳か。それにしてもニーナぐらいになると専属担当がつくのか。すごいな……


「──リッツ様も災難でしたね。ゴンドール達は、もう終わりでしょう。ニーナソーカ様からの告発文書は完璧です」


 僕が考え事をしている間に、いつの間にかナナリアさんの話が進んでいた。

 そのあまりの急展開に、僕が何も言えないでいるうちに、さらにとんでもない物を渡してくるナナリアさん。


「そしてこれがニーナソーカ様とリッツ様のパーティー結成の書類です。サインをこちらに──」

「あ、あの! ちょっと待ってください。ナナリアさん」


 さすがに叫び声をあげてしまう。そのお陰で、なんとか話しの流れを止めることに成功する。


 僕は隣に座るニーナソーカと目の前の書類を交互に見る。筆跡から見ても明らかに書類を作成したのはニーナだろう。

 僕の視線に気がついて、こちらをじっと見つめてくるニーナ。


 その美しい瞳が、わずかに揺れているのがわかる。まるで不安を感じているかのように。

 そして、ニーナの心臓の高鳴りが、これまでにない大きさで僕の耳に届く。


 それが決め手だった。僕は意を決して告げる。


「ニーナ。その、僕はニーナとパーティーを組めたら、とてもうれしい。でもニーナは、本当に僕でいいの?」

「──私も、リッツとパーティーを、組みたい」


 そう、普通の声の大きさで返事をしてくれるニーナ。その顔は明らかに真っ赤だ。


 ゆっくり僕は手を差し出す。

 僕たちは静かに握手を交わすと、パーティーを結成したのだった。


 このパーティーが、のちに後世にまで名を残す活躍をすることになるのは、また別のお話し。


 ~fin~

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