第33話 悪逆非道(2)
「これを少なくとも取り押さえと、事情聴取が必要な無礼でないなら、何と言いましょう。……ついでに、聞けることもまだ、あるでしょうし」
「そ、それはお前たちが!」
アメルン伯爵が叫ぶが、アンネマリーとクラウディアは涙目になってわざとらしく縮こまる。
「ひ、ひどいです、私達魔法なんて使えないのに……」
「そんな、勝手におっぱじめておいて、わたくし達のせいにするなんて……」
「悪魔かお前らは!」
絶叫するアメルン伯爵の隣で、どうするか意見を仰ぐべくギルベルトはフェリクスを見た。
フェリクスは顔を赤らめて口元を両手で覆い、「わお、萌え萌えずっきゅん」などと口走っていた。
萌もずっきゅんもわからないギルベルトは、フェリクスもこの部屋の魔法の残滓に当たったということにした。
その時、開いたままの扉からファーナー男爵が現れ、高らかに叫んだ。
「ファーナー男爵家にかけて誓います。私は扉の隙間から、この男が悪漢を使ってコルネリアをさらおうとしたところを目にしました」
アンネマリーとクラウディアは一瞬目を合わせると、「ブッケル家、同じく」「ツァールマン家、同じく」と口々に叫んだ。
これで無視できない地位と権力を持つ貴族の三家が、アメルン伯爵の犯行を認めたことになる。
怒りでぶるぶる震えるアメルン伯爵に、ギルベルトはそっと手錠をかけると、「あきらめろ。国家を敵に回したうえで、そしてその首謀者として気づかれた段階で、お前はもう終わりなんだ」とささやいた。
そのとき、ギルベルトの背後から部屋の様子を興味深げに眺めていたヒルデベルトが、「待て」と叫んだ。
それと同時にアメルン伯爵は袖の中からペンと紙片を取り出すと、床に落とした。
折りたたまれた紙片は床に落ちる直前にばらばらと音を立てて開いた。
それは描きかけの巨大な魔法陣であった。
アメルン伯爵は手錠が付いたままの手で、器用に魔法陣の最後の一筆を描く。
すると陣が急速に光り出した。
「そいつを逃すな」
ヒルデベルトは叫んだが、遅かった。
光の中から現れた怪鳥のような魔物は、アメルン伯爵を咥えて背中に乗せると、天井や屋根を突き破り、大空へ向かって羽ばたく。
アメルン伯爵の狂ったような笑い声が聞こえた。
ヒルデベルトが応接室に結界を貼ったのと同時に、怪鳥は声高らかに鳴いた。
――その時、屋敷の壁を破壊して、メイドや小間使い、掃除婦や庭師まで、目を血走らせて一同に襲い掛かってきた。
「あの鳥の鳴き声は、人を操る。王宮へ逃げるよ」
ヒルデベルトが叫ぶと同時に、街の住民までもがおかしくなって、屋敷の中に飛び込んできた。
***
「ヒルデさんって、すごい人だったんだね」
王宮の一室で、窓から外を眺めながらコルネリアが言った。
「あんなにひどいことになってるのに、王宮が保護できちゃうなんて」
「学園の結界みたいに、もとからあった機能ではあるみたいですよ。ただ、ヒルデ様が宮廷魔術師たちに、迅速に展開できるよう、指導していたみたいです」
アンネマリーが言った。
窓の外では、民衆が王宮に襲い掛かろうと暴れまわっている。
皆よだれを垂らして目を血走らせ、完全に気が狂った様子だ。
ヒルデベルトの魔法とギルベルトの剣技で、一同は間一髪、王宮に逃げ込むことができた。
今、三人は王宮の一室に住んでいる。
王宮の中では地味だが、普通の屋敷から見れば相当豪華な設備で、暮らすのに何ら不自由はない。
だから、三人は余裕をもって次の計画を立てることができる。
二人が窓から外を眺めていると、クラウディアが部屋に入ってきた。
「どうですか、怪鳥は捕まりそうですか」
アンネマリーの問いに、クラウディアは首を振った。
「さっき騎士の方にお聞きしたけれど、宮廷魔術師たちが怪鳥の鳴き声対策の魔法を騎士にかけて、外に出るという体制はできているみたい。でも、外に出れば民衆が攻撃してきて、怪鳥探しどころではないそうだわ。弓を打とうとしても、民が肉壁になろうとすることまであったらしい」
「酷い……」
「アメルン伯爵は、どうやって怪鳥を操ってるのかしら」
「とにかく、早く捕まえないことには、どうしようもないです」
アンネマリーがベッドの下から模造紙を取り出した。
そこには巨大な魔法陣が描かれている。
クラウディアが頬に手を当ててため息をついた。
「まさか、命を懸けた魔法を二回もすることになるとは思わなかったわ」
「ディア姉さん、一回目に懸けたのは存在だよ」
コルネリアの言葉に、クラウディアは「そうだ、そうだった」と頷いた。
この魔法陣は、騎士団合同演習会の日に、アンネマリーとクラウディアが馬車の中で話し合いながら考えた「命を代償にして、指定した地域に侵入した魔物を殺す陣」である。
自領に来た魔物を退治するために考えたものだったが、王都にいる魔物を殺すために使っても、結局効能は同じことだ。
単純に魔物を殺すだけなら命はいらなかったかもしれないが、今回はアメルン伯爵が魔物を指揮している。
魔力量が少ないアンネマリー達が魔法陣を張っても、魔法にたけたアメルン伯爵に対抗されてしまえば、それで終わりだ。
そこで、今回は三人分の命を大盤振る舞いで使って威力を強化し、確実に伯爵の怪鳥を殺す方法に出る。
本来は二人だけでやるつもりだったのが、コルネリアに見つかってしまった。
コルネリアは二人が命を使うなら、自分も命を使うといって聞かなかったので、仕方がないので巻き込むことになった。
おかげで魔法陣作成にコルネリアのサポートが入り、陣はより完成度の高いものになった。
「なんだか、夢のように日々が過ぎていきましたね」
アンネマリーが言うと、二人は微笑んで頷いた。
「夢みたいだったわ、また三人で好きなものについて語り合って」
「またお母様にあえて」
「お母様、別人みたいに可愛かったですよね」
「本当に……今度はきっと、しあわせになるよね」
「なるって絶対」
「じゃあ、残念無念また来世……って来世ないじゃん」
「ふふふ」
「くっくっくっくっ」
三人は笑い出した。
少しも悲しい雰囲気が出ないように、ひたすら笑った。
コルネリアが笑いすぎて腹を抱えながら、ふと思いついたように言った。
「ヒルデさんにも、この陣見てもらえたらよかったな。そしたら、効果も上がっただろうに。でも、ヒルデさんはきっと止めちゃうだろうからなぁ」
「そうだね、止めるね」
ヒルデベルトがにこにことして言った。
「僕は止めるよ」
顔は笑っているが、目は全く笑っていない。
三人は凍り付いた。
「いつ、から、そこに」
顔を真っ青にしたコルネリアが問う。
「うーん、『ヒルデさんってすごい人』あたりにはもういたかな」
「初めからじゃ……てか、どうやってここに……鍵も閉めてあるのに」
焦るコルネリアの言葉に、ヒルデベルトが背後を指さした。
その時、ようやく三人はヒルデベルトの後ろにフェリクスとギルベルトが立っていることに気が付いた。
「鍵はね、フェリクスのピッキング。器用だよねぇ。君たちが気付かなかったのは、僕の気配を消す魔法のおかげ。ネリはもっと魔法の種類をお勉強した方が、いいみたいだね――ギル、こいつら確保して」
ギルベルトがつかつかと三人のもとに歩み寄った。
その顔は、背筋が凍りそうなほど迫力のある無表情だった。
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