第34話 お母様
「――ギル、こいつら確保して」
十秒後には、三人は全員手錠をつけられ、並んで正座させられていた。
その姿は罪人そのものである。
「いつばれたんですか」
アンネマリーがうなだれて聞く。
「この状況なのに、行動力のバケモノであるお前が一切動かず、部屋でごそごそしていた」
無表情のフェリクスが言った。
アンネマリーは初めてフェリクスが心から怒っている様子を見た。
「それで、よく見たら義姉さんもコルネリア嬢も一緒でした。何か、俺たちには言いづらいことがあるのかと」
ギルベルトが話を継ぐ。
「はいはい、分かりました。もうこんな無謀な魔法しませんから、この手錠はずしてください」
アンネマリーが仕方なさそうに手錠のかかった腕を掲げて見せた。
ギルベルトがフェリクスに声をかける。
「信じられます?」
「全然」
フェリクスは即答した。
「アン、あなたいつも嘘がへたくそなのよ」
「口の上手いディア姉さんに任せとけばよかったものを」
「うるさいですねぇ、じゃあ二人とも、もっとフォローしてくれてもよかったじゃないですか」
あまつさえ、三人はぎゃあぎゃあと仲間割れを始める始末である。
男三人は嘆息した。
「これは、もう奥の手を出すしかないですね」
フェリクスが言った。
「奥の手? 何のことですか」
フェリクスは答えずに、部屋の扉を開けた。
ギルベルトがさっと三人から手錠を外す。
果たして、現れたのはふわふわの赤い巻き毛を逆立て、黄色い眼を限界まで吊り上げた美しいご令嬢。
激怒のアポロニア様、その人だった。
アポロニアは三人の前に仁王立ちすると、流れるように一人一回ビンタをくらわした。
アポロニアの平手打ちを受けるのは、三人とも来世の下町で魔法を繰り出し歩いて尻を打たれた日以来であった。
「馬鹿じゃありませんの!? 誰にも相談せずに、勝手に自死を選ぶなんて。そんなことは、あなたのまわりの誰をも信頼してないと言っているのと、同義でしてよ!」
アポロニアはくわっと口を開けて叫んだ。三人は唖然としてアポロニアを眺めている。
「クラウディアさんにはその知識欲、アンネマリーさんにはその人当たりの良さ、コルネリアさんにはその独創性。こんなにも才能のある方々が、それを自分の幸せのために使わない様を見るのは、虫唾が走りましてよ!」
しばらく呆然としていた三人は、正座したままアポロニアに食って掛かる。
「それあなたが言いますか!?」
「はぁ?」
「何故アポロニアさんのような才気あふれる御方が、おとなしくアメルン伯爵なんぞ輿入れしたんですか」
クラウディアがやけくそのように怒鳴る。
「何故わざわざあんな環境で、あんなお荷物の娘たちを体を張って守ったんですか」
コルネリアは声を張り上げることも今までの人生でほぼなかったからか、せき込みだしている。
「何故、私達なんかのために毒をあおったんですか。何故私達なんかのために死んじゃったんですか」
アンネマリーが声を震わせる。
「あなたが私たちのために死んじゃったから――
――私たちはあなたが幸せにならない限り、生きている資格なんてない」
アンネマリーが最後はもはや呟くように言った。
クラウディアが目を見開き、俯く。
コルネリアは唇をかみしめた。
アンネマリーが口にして、ようやく三人は気づいた。
三人はいつからか、自分たちが生きていて良いのか、わからなくなってしまっていたのだ。
「馬鹿なこというんじゃありません!」
しかし、アポロニアは眉を吊り上げて叫んだ。
「あなた達に――いえ、誰にだって、生きてる資格がないなんて、そんなことはこのわたくしが認めません。誰だって、絶対に何を差し置いても幸せにならなければならないのです。それも、あなた達みたいに才気あふれる方々なら――わたくしが認めた淑女たちなら、せいぜい好きなだけ胸を張っていればよいのよ!」
――好きなだけ胸を張っていなさい――
それが母の口癖だったことを、三人はふと思いだした。
ぼろり、ぼろりとアンネマリーの目から涙が零れ落ちる。
アンネマリーの涙に呼応するように、コルネリアとクラウディアも泣きじゃくり始めた。
ついには三人はアポロニアにとびかかる。
「お母様――」
「あなたこそ、何で幸せになってくれなかったんですか」
「お母様、なんで死んじゃったんですか。なんであんなことで死んじゃったんですか」
「ふざけないで、あんな理由で勝手に逝くなんて」
「お母様、もうやだ、お母様が痛いのはもう嫌だよ――」
アポロニアは目を白黒させた。
何なんだ、こいつら。気でも狂ったか。
同年代の女子に「お母様」と呼ばれてしがみつかれる。
言ってしまえば気持ち悪い。
だが、三人の目はやたらと真に迫っている。
本当にボロボロ涙を流し、子供のように泣いている。
――何なんだ、この人たちは。
アポロニアはおののきながらも、ぎゃんぎゃんと泣く三人に向かって叫ぶ。
「えぇ、もう、なにをしてらっしゃるの! わたくしは死んでませんわ。こんなに若い身空で、こんなに大きな子供を持ついわれはなくってよ。ええい、もう、離れなさい――」
こうして、母が死んだ日から一度も泣かなかった三人は、漸く泣いた。
……いや、泣けたのだった。
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