第15話 変人と変人、邂逅する(2)
「すごい!」
「何がですか?」
「なにがなんだか全く分からないけれど、とてもすごいな君は!」
「……ええ?」
困惑しているコルネリアとは対照的に、ヒルデは大興奮で叫ぶ。
「魔法を何も起こさないために開発する? いやもう、全くわけが分からない。こんなに意味の分からない人と会ったの、僕は初めてだよ。でも、これであんな魔法陣が描けるのなら、それはすごいことだ。君はきっと、天才ってやつだよ!」
ヒルデベルトは「わーい!」と両手を空に降りあげる。
立ち上がった勢いで、黒いぶかぶかのフードが脱げた。
一見すれば完全に子供である。
ああでも、とヒルデベルトは悔しそうに続けた。
「惜しむらくは、やはり魔法が発動しないことだね。あんな構成式の魔法が発動すれば、素晴らしい……そう、想像を絶するほどの威力を持つだろうに」
コルネリアは「魔法が、現実に」と小さく呟くと、やがてうっとりと顔を緩めた。
「それはきっと、素敵ですね……」
「コルネリア、家を壊すのはやめてくれよ!」
男爵が悲鳴を上げる。
ヒルデベルトはけたけた笑った。
「いやー、充実した三日間だった。君は面白いね、また会いに来るよ。それでまた魔法陣を見せてよ」
「……描いてない時なら」
「馬鹿、お約束の前日からは描くな! すみません、世間知らずな子で」
男爵がコルネリアの頭を力ずくで下げさせる。
なんか自分も同じようなことを前に言われたな、とヒルデベルトはふと思った。
「私からも、一つ聞いてもいいですか?」
コルネリアが、恐る恐る言った。
「お名前、何でしたっけ」
とうとう我慢しきれなくなった男爵のげんこつが、コルネリアの頭を直撃した。
***
その日から、ヒルデベルトは仕事が無い日は、ほぼ毎日コルネリアの尖塔を訪れるようになった。
コルネリアが作業に没頭していたとしても、彼女が描いた魔法陣の数々や、尖塔にため込まれた本を読むのは面白い。
彼女の部屋はまさしく宝箱だった。
ファーナー男爵がまるで魔法に詳しくないのに彼女が魔法に詳しいわけは、ファーナー男爵の伯父だった。
コルネリアの大伯父に当たる彼は、老後の趣味として私財を魔導書のコレクションに当てていたらしい。
幼いコルネリアは彼に可愛がられていたため、遺産として本を丸ごとゆずられたという。
コルネリアが作業していない時は、二人は延々と魔法について話す。
それぞれ目的は違えども、お互い魔法の成熟を目指して日夜修業してきた人間である。
「コルネリア嬢、ここの式は君ならどう作る?」
「それなら、この魔導書の385ページを応用したものを、ちょっとひねって……」
「また君は、変なもの使うなあ!」
ヒルデベルトはけらけらと心底楽しそうに笑う。
「ヒルデさんは、この式はどう解きます?」
「ああ、それならこの公式を……、君、多分基礎からやったら、すごく伸びるよ。僕、今度うちの学校の教科書持ってくる」
「教科書! 盲点だったな……」
「それ、うちの先生方が聞いたら卒倒するな……」
そんなことを話しているうちに、ふと片方がインスピレーションを得て、おもむろに何かを書き始める。
それを見ているうちに、もう片方も何か思いついて、計算し始める。
魔法陣がこれでもかと描きこまれた尖塔、魔導書で乱雑とした部屋の中、二人はただただ好奇心の赴くままに好き勝手に過ごしていた。
実際、その過程で作り出した発想は、作った本人も驚くほど面白いものになっていた。
「ヒルデさん、明日も来る?」
コルネリアが魔法陣の下図を描きながら聞いた。
「僕? 僕は―、明日は来ないよ。騎士団合同演習会に、友達を見に行くから」
ヒルデベルトが本を読みながら答えた。
「ヒルデさん、友達いたんですね」
「君に言われたくないからね」
「合同演習会には私も行きます」
「へぇ、君も……」
ヒルデベルトは思いついたように本から顔を上げた。
「じゃあ、一緒に行こうよ!」
「ええ……?」
「馬車は一台だけ動かす方が経済的だし、何より道中でも魔法の話ができるじゃないか」
「なるほど」
コルネリアは間髪入れずに頷いた。
ヒルデベルトが帰った後に、合同演習会に二人で行くことになったと聞いた男爵は熱狂した。
「二人で出かける? それはつまり、デートってことじゃないか!」
「お父様、頭大丈夫ですか。本気で言ってます?」
「そうだった。相手はコルネリアだったな。デートの訳がない。そうだった、そうだった」
……だが男爵の喜びは止まらない。
ヒルデベルトは、あれから頻繁にコルネリアを訪ねてくれるのである。
コルネリアにこんなに立派な友達ができた。
これは奇跡である!
そんな二人のお出かけだから、男爵はメイドたちにそれはもう気合の入った準備をさせた。
礼装に着替えたコルネリアは、若干幼げには見えるものの、妖精のように美しかった。
コルネリアは青みがかったグレーのドレスを着て、花模様に編まれた白の大ぶりのショールを肩にかけている。
目の色に合わせた薄紫のパンジーの髪飾りは、男爵からの贈り物だ。
男爵は重々しくうなずいた。
「いいか? まずは馬車の中が暇でも、間違っても落書きをしちゃいけない。飛び出さない、落ちない。ちゃんとヒルデベルト様の言うことを聞く」
「お父様、ヒルデさんがいらっしゃいましたよ」
「ちゃんと聞いてたのかね、ああ、やっぱり私も行くべきだった――」
男爵の制止も聞かず、コルネリアは窓に駆け寄った。
馬車から降りたヒルデベルトは、いつものぶかぶかの黒いローブのフードを目深にかぶっていた。
彼は窓辺に立つコルネリアに気づくと、笑顔になって手を振った。
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