第39話

 ArmsWorldのフィールドは時刻によって刻々と変化する。同じミッションならば同じ時刻という事はない。


 ただセコのチームが飛び立ったのが、早朝という時間帯であったのは偶然だが。


 夜明け前の空は深い藍色で、その空を紫がかった雲が棚引く光景を、ヨウは空を飛ばなければ気にする事はなかったように感じていた。


「朝焼けとかも出るんですっけ?」


 現実ではまだ寝ている時間帯で、こんな時間の空を見た事のないヨウは、明け方と言われて朝焼けが思い浮かぶのだが、ククッとセコが薄笑いを発した声が帰ってくる。


「そういえば、知ってるかい? 現実だと朝焼けが見えた日は、雨が降る」


「そうなんですか?」


「そうさ。夕焼けは晴れ、朝焼けは雨。船の免許でも取りに行くと習うよ」


 必ずとはいえないが、そういう天候になるのは、現実もArms Worldでも変わらない。


 そんな空を登り始めた太陽が、皆の横顔を照らし始める頃、先頭を行くイーグルが鼻を鳴らした。


「朝焼けにならず、紫雲が出ているという事は、今日は晴れじゃ」


「いい日ですわ。きっと」


 いい日になるかどうかは誰にも分からない事だが、モモのいいたい事はなる、ならないという事ではない。


「いい日に、しましょうね」



 いい日にするかしないかならば、いい日にする日だ。



 セコは「そうだね」と返し、目を細める。


「ジョッシュ、ヨウくん、前に出よう」


 スロットルを開いて加速させるのは、そろそろフューラー・マキシマムが見える距離に来たからだ。


「フューラー・マキシマムも、探知を持ってる。こっちが近づいているのは、もう知ってるはずさ」


 電波や音波を受け流せる航空機に乗っているならば兎も角、こちらの機体は全て適性が悪いものばかりだ。


 そして講堂を破壊しながら現れたフォートレス・エンペラーよりも大きいというフューラー・マキシマムの巨体は、戦闘域に入ると視界に入ってくる。


 既にこちらを察知しているというフューラー・マキシマムからは、既に飛竜が飛び立っており、イーグルの目が早朝の空を飛ぶ姿を捉えた。


「オカシラ、12時。見えタね」


 かぶられている――頭上を取られているが、セコは「構わないさ」とおどけた様な声を出す。


「どうせ、やらなきゃならないよ」


 セコは一直線に飛竜へ向かった。


 ブレスは本当に正面同士の場合、来ない。飛竜の熱素ねっそたいは喉の奥にあり、口を開けるという行動はそれを晒す事になるし、同じく航空機の機銃も本当に真正面の場合、的が安定しないため命中率が著しく下がるからだ。


 トリガに沿わされたセコの指がそれを引くのは、衝突を避けようと飛竜が横に逸れた瞬間のみ。逆に飛竜もブレスを吐くのは、セコが衝突を恐れて、軌道を逸らせてしまった時のみ。


「くッ!」


 衝突で1死は実に情けない話であるし、このメンバーでフューラー・マキシマムを狩るのはギリギリなのだからセコも震えが来てしまうのだが、衝突はシステムの方が避けてくれる。


 ――逃げた!


 飛竜の動きに合わせ、セコの機銃が遠慮えんりょ会釈えしゃくのない銃撃が牙を剥く。正面での交叉こうさであるから、フューラー・マキシマムのに過ぎない飛竜は逆鱗諸共、急所を貫かれて撃破される。


 旋回して離脱するセコに続き、ジョシュアも続いた。


「ボクも行くよ!」


 セコと同じく正面攻撃で撃破するジョシュアは、セコとは逆方向へ離脱しながら、一瞬、背後のヨウへと意識を向ける。


「サンボーイ、後追いはダメだ」


 正面攻撃に入るタイミングは逃している、と警告するためだ。


「空戦は、コンバットエリアに入って1分で決まる。離脱のタイミングを考えるんダよ」


 正面から切って落とすのは見ているだけでも爽快で、自分もしたくなる気になるが、自分を見失っては撃墜されるリスクが増す。


「はい!」


 返事をしたヨウは、事実、被さる様に飛来した飛竜に頭上から背後へ回り込まれるという状態になっていた。


「チッ」


「ヨウくん、今行く!」


 ヨウの舌打ちに、セコが機体を旋回させて救援に向かおうとするが――、


「いえ、何とか!」


 その返事は、熱くなっているヨウは正面攻撃以外にも、もう一つ手に入れているがあるからだ。


 ――機首を上げて、ラダーを切り換え!


 機首を上げた後、ペダルを生んで尾翼を動かせば、ヨウのストレイキャットはきりもみ回転ほ始める。


 機体を垂直にして相手をやり過ごし、背後を取ったセコの動きを見て身に着けた技は、ヨウの自信にも繋がっている。


 背後から来ていた飛竜をやり過ごし、体位を入れ替えたヨウは、一呼吸置いてトリガを引いた。


 ――Critical!


 バイタルゾーンを打ち抜いた事を示すメッセージは、ジョシュアの歓声と共にヨウのコックピットへ飛び込んできた。


「サンボーイ、それダよ! そのシザーズこそ、ネコの身軽さを持つボクたちの真骨頂サ!」


 セコ、ヨウ、ジョッシュの明るい声は、後から来るイーグルに安心感を与える。


「よし、もう上は気にせんぞ!」


 迎撃のために上がってくる飛竜など、イーグルは視界からも意識からも消した。


「さぁ、地獄へ誘うセイレーンの声を……聞くがいいわ!」


 フューラー・マキシマムへと決死の覚悟で垂直降下爆撃を仕掛ける。


 20トン爆弾の轟音は、趣味装備軍団が最高のチームである事の証を立てる聖戦の開始を告げる号砲となった。

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