第37話

「そうなると、準備は進めんとな」


 イーグルは落ち着かないという様子で、拳を握ったり開いたりしていた。


「レイドといっても、お嬢が狩りたいのはランクが下の方じゃあるまい?」


 レイドボスにもランクがあり、下の方ならばセコならばソロでも狩れる。


 しかし自分のチームは最高だと証明したいというのであれば、低ランクはありえない。


「そうじゃろ?」


 イーグルが向けた視線の先で、セコは当然という風に大きく頷く。


「うん。できれば、最高ランク」


 セコは軽く目を細め、


「フューラー・マキシマム」


 最高ランクにあるレイドボスの名だが、ヨウは理由は分からないが直感した事がある。


「フォートレス・エンペラーに似た感じの響きがありますね……」


 ヨウが経験してきた戦いの中で、最大の危機に陥る事となった敵。


 名前も一字すら被っていないのにも関わらず、ヨウはそれを想像してしまった。


「よくわかったな、小僧」


 イーグルはフッと笑った。


「よく似た感じの敵じゃよ。フォーレス・エンペラーはコボルトが造った巨大多砲塔戦車じゃが、フューラー・マキシマムは、陸上空母みたいな奴で、フォートレス・エンペラーよりもデカい」


 ヨウの直感は当たっており、「しかも」とセコが続ける。


「甲板みたいな装甲を背負ったドラゴンさ。艦載機みたいに飛竜を飛ばしてくるし、陸にプレーヤーがいたら、戦車みたいに鎧竜を発振させてくる」


 シルバーソードと同じだ。飛竜も鎧竜も、クエストで狩る個体よりは弱いとはいっても、それが大挙して出てくるのは怖い。


「頑張ります」


 そういったヨウの声は弱気に取り憑かれており、だからイーグルはバンッと強くヨウの背を叩いた。


「ちゃんと戦えば、勝てる戦いじゃよ」


 当然ではないかというイーグル。


「長所を活かし合い、短所を補い合うチームじゃぞ?」


 セコの力をめるな……とまでいうのは、冗談、軽口だが。


 その軽口にセコも乗った。



「証拠はないけど、キミはこのゲームが好きだと思う」



 ならば勝てる――そういいたいのは本音だ。


 またヨウからは「頑張ります」しかないが、イーグルが一度、ヨウの肩を叩くと、


「おっと、そうじゃった」


 思い出した様にヨウのHMDへリストを送る。 


「小僧、シルバーソードの素材でロケットブースターに手を加えられるぞ」


 イーグルから送られたリストに表示されているのは、爆発的な加速というロケットブースターのロマン機能を、更に深化させるもの。


「一定時間、内圧を高めた後、それをフラッシュオーバーさせる。そうすると、もう一段階、大きく加速させる事ができる」


 ロケットブースターが使用できるのは一度切り、それも短時間に限られるため、この二段階加速は、それこそ実用性よりも燃え要素に特化されているといえる。


 趣味装備中の趣味装備というのならば、ヨウが飛びつかない訳がない。


「いいですね!」


 シルバーソードの誘導弾を躱すため宙返りした時は、そのGによってレッドアウトを起こしてしまったが、それで更に気持ちが燃え上がったらしい。


 イーグルも、そういうヨウの性格を読んで提案している。


「あと、照準器もどうかな? スピードが上がると視界が狭まる演出があるじゃろ? そういう時、便利じゃぞ」


 続いてHMDへ映したのは、精密照準器。HMDに表示される十字よりも精密に照準をつけられ、網膜投射であるから狭まる視界でも機能してくれる。


「小僧と小娘がマルチロール機じゃから、お嬢とジョッシュを支援する役目になるが、いざとなった時、場合によったらトドメを刺す立場になるやも……」


 千両役者じゃとイーグルがはやし立てる。


「その時、いいかも知れんじゃろ? こういうのがあったら」


 フフフと薄笑いするイーグルは、今、その精密照準器をヘルメットに装備している。


「ロケットブースター、点火! Ignition……Fire! 熱素弾、充填! 電影クロスゲージ、オープン!」


 最後の言葉で、イーグルのヘルメットのバイザーに、赤い長方形のレンズが入った。それが網膜投射式の精密照準器だ。


 そのデザインにヨウは食いつく。


「格好いいじないですか!」


「わかるか? 小僧。実際にはないが、SF的なガジェットが心憎かろう?」


 こういうのはイーグルのアイデアだ。


「ファルコン、ちょっと持ってきてくれ!」


 イーグルに呼ばれたファルコンは「あぁ」と短く低い声で返事をし、ロケットブースターの強化と、精密照準器に必要な資材を持ってきてくれる。


 と、その横にもう一人、ファルコンよりは背が低いが、モヒカンラインを若干、逆立てた短髪に彫りの深い顔を縁取らせた男が並んでやってくる。


 その短髪にセコが手を振る。


「キャスも手伝って」


 セコのバトラーだった。


 そしてよく見ると、今日は皆、バトラーを連れていた。


「おっと」


 急に増えた人数に、ヨウが蹌踉めくと、蹌踉めいた先にも人。


「ごめんなさいね」


 女性にしてはやや低い、アルトの声を持つ女は、モモのメイド。


「いや、俺こそゴメン」


 と、また足下を見ずに下がろうとすると、するするとヨウのまたを抜けてこようとする犬がいる。ピンッと立った耳と、正面についている目が狼を思わせる犬は、四国犬をモチーフにした犬だ。


「これは、あや姉様ねーさまのですわ」


 ヨウから逃げてきた稲を抱き上げるモモは、「ふふーん」と笑い、笑顔をヨウへと向けた。


「お兄ちゃん、自己紹介してみて下さい。ワンちゃん、お利口様ですから」


「え? えっと……こんにちは。俺はヨウ」


「ボク……リー」


 動物が喋るというのも、ゲームならでは。


「お利口様でしょう? こういうのも聞けますよ。ねェねェ、リー。好きな子いますか?」


「いる」


「誰?」


「飼い主しゃん」


 飼い主――綾音の事だ。


「……」


 その飼い主は、憤然とした顔でリーをひったくっていったが。


「何か、楽しそうだね。ああいうのがいると」


 セコのバトラー、モモのメイド、綾音の忠犬を見ていると、ヨウの口から自然と出て来た。


 それは、このメンバーでメイドもバトラーも持っていない、もう一人の男、イーグルにも届き、


「サンボーイ、運がイイぞ。あれを買うとなると高いが、今、プレゼントキャンペーンをやってイル。お好きなバトラーかメイドが当たるンだ」


「え?」


 振り向いたヨウに、イーグルが突きつけたのは、チケット。


「二枚あった。一枚はあげよう。これで、ボクと勝負を――」


 ジョシュアの目が怪しく光る。


「Yaranaika?」


「Uho! Nice Guy!」


 しかしヨウは一も二もなくチケットを受け取る。


「HMDから希望を書き込む。体型や身長だ。まぁ、大まかにしか選べられないが。入力が終わったら、抽選を表示させ、ボタンを押すんダ」


 まず説明をしてジョシュアが引いた。


「お!」


 ヨウに声を上げさせる光が起こり、それがジョシュアの回りへと集まり――、



 ハズレ。



 それはHMDではなく、空中に文字として現れた。


「チクショー!」


 大袈裟に叫んだジョシュアは、「次はサンボーイだ」と話を振る。


「よ、よーし」


 HMDに表示されている条件を決定していく。



 だが、ここに罠がある。



 ――やっぱ、モモ姫みたいな、メイドがいいな。


 そう思っても、セコと綾音――女性陣がいるのだ。


「うッ……ううッ……」


 プライドがヨウを苦しめた。それは手の震えに繋がった。これは「かもしれない」ではなく「繋がった」だ。


「ままよ! 行け!」


 抽選ボタンを押す。


 光が起こり、ヨウの周囲を取り囲む。


 ここでイーグルは外れたが、ヨウの場合は――、


「何だ? 色が……」


 光は七色の虹になり、結果が出る。



 アタリ。



 そして文字が消えると、現れ出でるヨウの相棒。


 背が高く、前髪を軽くアップさせた茶髪が特徴的な、ソフトマッチョのバトラー。


「え?」


 もらうヨウが呆気あっけにとられてしまうのだから、イーグルとジョッシュが心配して近づいてくる。


「小僧、ちょっと見せてみろ」


「どういう頼み方をしたンだ?」


 イーグルとジョシュアが見たのは――、



 ムキムキの。



 三人が三人とも呆けた様な顔になれば、ここにいるセコ、綾音、モモとて好奇心が強い。


「あの~」


 モモが声をかけようとしたが、無理矢理、遮る様にイーグルが振り向き、視線で射貫く。


「女子どもは来るな! 男同士のプライベートな話じゃ!」


 黙れという言葉は一度も出していないが、十分な効果があった。


「手が揺れてるネ。書き間違エ? 何と?}


 耳打ち合う様な距離で訊ねたジョシュアは、そこで有り得ない言葉を聞く。


「……ムチムチって書こうとして……」


 チとキが似ているからだ。


「これ、返品は効かんのじゃぞ!」


 何というミスをするんだと、イーグルが声を荒らげると、セコは「あ、わかった」と遠目から割り込んだ。


「当ててあげよう。ヨウくん、ムチムチと書こうとして、ムキムキって書いたね?」


 見抜いたのか、それともあてずっぽうなのかは分からせないが、正解だ。


 ただしヨウが正解と認めれば、だが。



 これはバレる。



「オカシラ、酷いヨ! もっとオブラートに包んであげないと、サンボーイが可愛そうじゃナイか!」


 ジョシュアが全部、いってしまったのだ。


「ヱ? 本当に?」


 セコも鼻白んだところで、全員、こう思った。



 笑うしかない。



 その笑いが、ひょっとすれば良かったのかも知れない。



 イベント――フューラー・マキシマムの強襲発生との告知が、今、発令されたのだ。



 このチームで戦う、最大の激戦となるイベントが。

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