第35話

 空を飛翔するシルバーソードは他の飛竜に比べてシャープな印象があり、その名の通り銀色の剣にも見える。


 そのシルバーソードは、名とは裏腹に、率いていた群れを全滅させられたシルバーソードは怒りに燃えていた。


 AIが操作している訳ではないので、与えられたパターンをなぞるだけのモンスターであるが、牙を覗かせている口元に赤々と燃えている炎は、プレーヤーに分かり易く怒りを感じさせる。


 群れの仲間を次々と撃破していった、モモ、ジョシュア、イーグル、セコへヘイトを向けるのだが、4人に分散しているヘイトは、簡単な事で覆ってしまう。


 そんな事を知らないヨウは、上から被さるように侵入し、HMDに映る照準の十字にシルバーソードを合わせる。


 ――よし!


 ヨウはギッと歯を食い縛り、トリガを引いた。熱素ねっそだんは特効こそないが、敵の属性に関わらずダメージを与えられる。シルバーソードも無効にはできない。


 しかし、ここでセコが告げていた弱点が露呈ろていする。


 ――探知に弱いね。


 空にいる限り、シルバーソードは音波や電波を飛ばして敵の位置を把握しているのだ。



 ヨウのストレイキャットは可変前進翼を装備しているため、その電波や音波を受け流せない。



 そしてシルバーソードは、そもそも加速と減速が航空機より優れている。


 対するヨウのストレイキャットは、ロケットブースターや可変前進翼など重量のある装備の悪影響で、加速にも減速にも不利を抱えているのだから、銃撃によって起こるのは――、


「当たった!」


 HMDに浮かんだHitの文字に声を上げたヨウであるが、特効のない熱素弾で必殺は有り得ず、その中途半端な攻撃に対して、激怒状態にあるシルバーソードは狙いをヨウへ移す事で答えるのみ。


 手下の飛竜が急減速でセコの背後に回り込んだように、ヨウの背後も簡単に取ってしまう。


 ――マズイ!


 それを初めて経験するヨウは慌て、スロットルを開き、モモに悲鳴を上げさせた。


「違います!」


 追い掛けてこようとするシルバーソードに恐怖したからだ、というモモの直感は当たっている。


「加速競争じゃ勝てないし、旋回はスピードを落としてやらないと、アウトに膨れて位置を変えられません!」


 後ろを取られたまま追い掛けられるだけだ。ヨウは操縦桿を倒すだけでなくペダルも踏み、少しでも速く旋回しようとしているが、旋回半径に最も関わる数字はスピード。



 フルスロットルでは、どれだけ操縦桿を倒そうとも小回りはきかない。



 ――ヤバイ、ヤバイ!


 全く慣れていない追われる感覚と、撃墜が戦闘不能を意味する事がヨウにスピードを落とさなければならないという考えを吹き飛ばしていた。


 モモの他にジョシュアも減速しろといったが、ヨウの耳には届いていない。


 唯一、届いたのは――、


「いいや、それでいい」


 肯定したセコの言葉だ。


「フルスロットルでいいから、上昇するんだよ!」


 叫びながらシルバーソードを追撃するセコは、狙いを自分に向けろとばかりに銃撃を加える。


 ――向いたか!?


 シルバーソードの狙いが自分へ向いたかどうか、確信できないままヨウに手本を示そうと先頭に立つセコ。


「パワーはこっちの方がある。上昇するスピードは、こっちが勝つ!」


 上昇するにはパワーがいる。水平飛行ならば時速2400キロ、降下中ならば時速3000キロに達する機体を操っているのだから、上昇する力だけは飛竜よりも航空機が強い。


 否定ではなく肯定したセコの言葉だからこそ、ヨウの耳には届きやすく、事実、届いた。


「はい!」


 返事をしたヨウは、セコに続けと操縦桿を引き上げる。


 だが上昇して振り切ろうとした途端、ヨウとセコのコックピットに耳障りな警告音が鳴り響く。


「アラーム!?」


 何のアラームだとHMDに視線を走らせるヨウであるが、確認よりも速くセコが教えてくれた。


「誘導弾だよ! シルバーソードは激怒状態だと、こっちを追い掛けてくるブレスを吐く!」


 飛竜は激怒状態の時、溶解した金属を吐き出して周囲の環境を変える程の熱量を発揮したが、飛竜の長であるシルバーソードのブレスは誘導弾だ。


「反転して逃げる暇はないよ! このまま上昇を続けて、宙返りするんだ。スロットルは死んでも戻すな。戻したら死ぬ!」


 セコも声から余裕を消している。


 航空機のエンジンはモンスターの急所と同じ。そういう意味では、航空機はプレーヤーよりも脆弱だ。


「誘導弾も絶対じゃない。こっちと同じで減速できないから、こっちを追ってこようとしたらアウト側に膨れていく!」


 轟音と共にエンジンからバーナー炎を伸ばし、赤と白の航空機が上空へ駆け上がっていく。宙返りといったのに直進しているように見えるのは、二機が全速力で飛翔し、凄まじく大きな円を描いているからだ。


 現実ならば気を失う程のGがかかるのだろうが、ここはゲームの世界。


 気絶の心配はないのだが、急上昇する二機と、それを追う二発の誘導弾が決死の速度競争に入ても、ヨウのコックピットに響くアラームは一向に収まってくれない。


 ――ダメなのか!?


 歯を食い縛るヨウが駆っているストレイキャットは、如何せん小型機である。セコの大型機に比べパワー不足だった。スロットルと操縦桿を握る手に力が入っても、数字以上のパワーはでない。


 そのスロットルを握っている左手の肘が、ふと違うに当る。


 ――これ!


 左肘が当たったのは、現実にはない広々としたコックピットだかにこそ備え付けられたレバー。



 ロケットブースターの始動レバーだ。



「よっし!」


 気合いを入れるために大声を発したヨウはレバーを握る。


 ――Standby.


 立ててあるレバーを押し倒す事で、HMDにロケットブースターが待機状態に入った事を告げるメッセージが現れた。


「あとは、お前のパワーに賭ける!」


 そのレバー前方に押し遣る。


 ――Ignition……Fire!


 点火を告げるメッセージが出た瞬間、ストレイキャットのエンジンに爆発的加速が課せられた。


 フルスロットルで轟音を上げていたストレイキャットのエンジンは、甲高い咆哮を上げ、軽量級の機体を限界以上の速度へ引っ張り上げる。重力の枷も知った事かとばかりに速度計を回す。


 その次の瞬間だった。


「目が!?」


 ヨウが視界の異変が。



 視界が突然、真っ赤に染まったのだ。



「レッドアウトだよ」


 セコが告げたものが、その赤く染まった視界の正体。


「頭を上にして宙返りしようとしているからら、遠心力で頭に血液が集中してしまうんだ。でも怖がらないで加速して!」


 現実ならば、この状態が長く続けば失明、そして脳内出血で命に関わる事もある危機である。


 原因はヨウでも分かる。


 ――ロケットブースターの加速か!


 いつの間にかヨウはセコを追い抜いていた。


 ここはゲームの世界であるから命に関わる事はないが、それでも無傷で終わる事はない。


「バッドステータスがつく事もあるから、集中して!」


 盲目というバッドステータスは存在している。


「はい!」


 返事こそしたが、ヨウは既に計器類が見づらくなっていた。


 ――バッドステーテスがついたのか!


 それでもヨウは、セコにいわれた事をするだけだ。


 ――集中しろといわれた! 集中だ!


 目は見づらくなるが、耳を澄ませる。


 身体中に力を行き渡らせ、次にどんな指示が来ても対応させる覚悟を決めた。


「よし! 反転だよ!」


 宙返りが頂点に達したタイミングを見計らい、セコが怒鳴った。


「今なら、誘導弾も反動がついてるから方向が変えられない! 振り切るよ!」


 急制動になるが、ヨウのストレイキャットも、ネコの名は伊達ではない。



 鋭角に急降下へと転じ、誘導弾を振り切る!



 明らかに初心者ではない動きに、モモから弾んだ声が飛んでくる。


「お兄ちゃん、お姉様、お見事です!」


 そして声を弾ませているのは、セコとヨウの空戦技術だけではない。


「ジョッシュが誘導に成功しました。行きましょう!」


 勝機を作り出せたのだ。


「よし、ヨウくん、もも姫。三角編隊を組もう! 私のバーナー炎だけ見て着いてきて!」


 先頭に立つセコは、右にヨウ、左にモモを従え、ジョシュアが誘導しているシルバーソードを追う。


「私が撃てっていったら、一斉射撃だよ!」


「はい」


 セコへ返事をしたヨウは、未だバッドステータスが続いていた。レッドアウトによって盲目がついてしまっている。


 ――完全に見えない訳じゃないだけマシか。


 セコが全開でバーナー炎を吐き出してくれているのは、ヨウにとっては助けだ。モモは照準がつけられなくて苦しむかも知れないが、ヨウにとっては誘導してくれる灯りになってくれる。


 三角編隊で全開で飛ぶ三機は、文字通り光の矢。


「よし、一斉射撃!」


 セコの号令の下、三機は一斉に銃撃を開始した。


 合計6門の機銃を束にしたのだから、これにはさしものシルバーソードものたうち回る。



 そして空中でのたうち回るとは撃墜だ。



 ――地上班よ。撃墜を確認した。


 綾音の声が、このクエストを終えられた事を告げる。


「目標達成だね」


 それでスロットルを戻したセコは、ホッとした声を出していた。


 続いて口にする言葉は――、


「降りたら、ちょっと話があるんだ。集まってくれるかい?」


 このチームが完成した事を確信したからこそ出した言葉である。

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