第34話

 飛竜は森や林の中を好む設定になっている。どういう理由かは明言されておらず、考察好きのプレーヤーが色々と自説を展開しているが、開発からの説明は攻略本にも未記載だった。


「ウザいっていうのがわかってれば、私には十分」


 イーグルの戦車にまたがって乗っている綾音あやねは、飛竜がどうして森に暮らしているのかに対する興味は薄い。重要なのは飛竜をどう倒すのか、また飛竜から得られる素材で、どのような武器、兵器が作れるのか、だ。


 それはイーグルも同じで、戦車の操縦席で「ははッ」と短く笑う。


「確かに、ウザいなぁ」


 中級者からの獲物とされる飛竜も、今のイーグルには獲物のひとつである。


「ちょっと小突いた程度で、すぐに飛んで逃げるヘタレじゃ」


 とは、少々、言い過ぎかも知れないが。今でもヨウを連れて完勝しろといわれると、少々、イーグルも歯ごたえを感じる相手になってしまう。


「いい過ぎ」


 綾音もヘタレは同感と思うが、自分以外の者が口に出しているのには反発してしまう天邪鬼あまのじゃくな性格だ。


「この場合、ちょっと小突いた程度で上がってくれるのはいいけどね」


 そういい残した綾音は戦車から飛び降り、走り出す。重戦車であるイーグルの愛車は、最高速でも時速40キロに満たない。忍者を自称する綾音は、スタミナが続く限りと注釈がつくものの、ネコ科の大型動物と併走できる程だ。


 そのスピードで走りながら、背に回していた弓を取った。



 やや開けた場所に、標的シルバーソードの群れがいる。



 中心にいるのは、シルバーソードという名前に頷きたくなる銀色の飛竜。その身に受けているのが木漏れ日だからこそか、遠目に見ても輝いて見える程。


 ――群れは、5頭。


 全員へメッセージを送った後、綾音は矢をつがえる。


 ヨウ、モモ、セコと共に鎧竜を狩りに行った時に使用した爆弾矢は――、


「真ん中を狙う」


 シルバーソードを狙った。


 逆鱗が砕けてくれれば最高だが、一発で砕けるはずもない。


「ギャアアアア!」


 耳をつんざく咆哮がシルバーソードから上がり、飛竜が次々と矢を放った綾音の方を向く。


「バッカみたい」


 その飛竜の群れを挑発する綾音へ飛竜が突撃してこようとしたところを、真横から引き裂く様な轟音が襲いかかった。


 イーグルの戦車が放つ砲撃。。


「今日は、12.2センチ砲がないが、手数は増えておるぞ!」


 火を吹いているのはフォートレス・エンペラーを貫いた必殺の12.2ミリ砲ではなく、箱形に並べられた4門の20ミリ機銃と、その両脇に2門並べられた2門の60ミリ機銃だ。


 これも必殺とまではいかないが、不意打ちとなれば、ヘタレといわれた飛竜は別の行動に出る。


「羽ばたいた!」


 風でコスチュームのすそがまくれてしまうのも構わず、綾音が上空で待機しているモモとジョシュアへ送る。


「分かりました!」


 上空から見ているモモからは、飛竜は逃げ出したというよりも、下へブレスを一斉発射して焼き尽くしてしまおうとしているように見えている。


 それはジョシュアも同様に。


「ブロッサム、ボクは時間差を付けて後から行くヨ。オカシラとサンボーイと合わせ、三段階だ」


「はい!」


 まずモモが機体を降下させた。


 口を開けている飛竜へ、頭上から銃撃を加える。


 ――真ん中!


 モモも綾音と同様に、まず狙うのは真ん中だ。目立つ位置になるのだから、散らせられる。


 綾音とイーグルへのブレスによる爆撃を阻止できた事を横目で確認し、モモはスロットルを開き、操縦桿を引き上げる。


「ところでお兄ちゃん、飛竜との空中戦は気を付けて下さい。飛行機の方が最高スピードは速いですけど、飛竜の加速と減速は、こっちより上ですから」


 その言葉が示す様に、モモは追撃に入った飛竜に背後を取られる事になるのだが……、


「羊が一匹、羊が二匹……」


 この時のためにジョシュアは時間をつけて降りてきた。


「足の遅い羊は、キミだ!」


 モモを追撃していた二匹の内、一匹に弱点である水の魔力が籠もった機銃を叩き込むジョシュア。


 そしてジョシュアはモモとは逆に、操縦桿を倒したまま地表へと飛ばす。


 撃墜したことでヘイトを蓄えたジョシュアへと飛竜の狙いは移り、


「下も気を付けるんじゃな!」


 それはイーグルが操る対空砲の、正しく結界といっていい場にり込んだ。


「弾種、爆炎弾。信管0.3秒!」


 イーグルの機銃には炎の魔力が蓄えられ、その魔力を発射から0.3秒後に爆発する様セットされている。


 炎の魔力が炸裂すると、弾丸は次々と爆裂し、無数の火線となって飛竜を襲う。



 鮮やかな連携である。



 上空で見ていたヨウに溜息を吐かせるくらい。


「すっげェ……」


シルバーソードが引き連れている飛竜は、ヨウ、セコ、モモ、綾音、ジョシュアの5人で狩ったものよりも弱く設定されているが、それでも飛竜には違いない。


 それが瞬く間に3匹、狩られたのだ。


 認めるが、見惚れてばかりはいられない、とセコが降下する。


「ヨウくん、私たちも行くよ」


 セコはフッと笑い、「私の見せ場がなくなるじゃない」とおどけた。


 ――残り2匹。


 シルバーソードは後回しだと、セコは残っている飛竜に目を付ける。


 その時、飛竜が起こした行動は、気まぐれだろうか。


 ――停まった?


 遅れて降下を開始したヨウの目には、飛竜が空中で急停止した様に見えたのだ。


 速度差による目の錯覚であるが、これがモモの警告にあった「加速と減速は上」という事。


 セコの機体は飛竜を追い越し、自分から背後を取らせた様な形になってしまう。


「セコさん……!」


 最悪のタイミングだ、とヨウは顔を青くした。グライダーは転落しようが撃墜されようが、戦闘不能にはならないのだが、航空機は違う。撃墜は戦闘不能だ。


 今、3匹の仲間を狩られた飛竜は劇と状態にある。


 そこから放たれるブレスが、航空機にとって厄介な攻撃になる事は、ヨウだからこそ分かるというもの。


 やり過ごした飛竜が加速する。飛竜の加速は一瞬で最高速に到達してしまう。音速は出せない飛竜だが、本来、ドッグファイトでは音速で飛び回る事はない。


 背後につき、必殺の間合いへと侵入されつつあるセコだが……、


「こっちも手があるよ。打つ手がないんじゃ、格好悪いじゃないか」


 軽口と共に、セコは軽く機首を上げ、そのまま着陸用の車輪を出した。


 空気抵抗が変わり、セコの機体はするような体勢になり、急減速する。


 スロットルを戻し、速度は空気抵抗によって落ちるのに任せつつ、機体を立て直すセコ。


「はい、入れ替わった!」


 今度は飛竜がやり過ごされる番だった。


 背後を取れば、セコに討つ事を躊躇ためらう理由などない。


 この空戦技術も、やはりArms Worldでは主流になっていない失われた技術であり、これ程、ヨウの胸を打つものがあろうか。


「よし、俺も!」


 参戦するぞとストレイキャットを加速させるヨウであるが、残っているのはシルバーソードのみ。


 これが吉凶、どちらに傾くか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る