第33話
今日、初めてヨウは飛翔する。
その感想は、言葉にならなかった。
「おお……」
フルダイブ型VRは航空機の浮遊感、疾走感をヨウに伝えてくれる。
また、実際の戦闘機はパイロットが操縦する負担を抑えるため、居住性など考慮しない狭さになるが、このArms Worldでは乗用自動車の運転席くらいの広々として室内空間がある。
その秘密は、計器類の少なさだ。現実の航空機ならば、パイロットが把握しなければならない数字は多岐にわたるが、それらを全て簡略化して表示させている
。
HMDに表示されているのは、基本的な6種のみ。速度計、傾斜計、高度計、昇降計、方位計、旋回計のみ。
その6種を見ながら、右手で握っている操縦桿と尾翼を動かすペダルで姿勢を、左手を添えているスロットルで速度を調整する事でコントロールする。
現実世界での航空機は、それこそ弁護士か医者か、さもなくば技術士かという程の難関を突破して取得する免許が必要な乗り物であるから、直進させるだけでも難しいものだが――、
「レースゲームだと思うんだよ」
ヨウのストレイキャットの背後から、セコが告げた。
「現実の飛行機は、翼で発生させた揚力を利用して飛んでる。だから直進させるだけでも気を遣わされるけど、ゲームには、それはない」
物理演算で計算されているとはいえ、自然現象の全てを計算する事はできない。速度と揚力の関係、空気抵抗や荷重移動は計算しているが、気流や重力という要素までを再現する事は現実的でもなく、爽快感をなくす要素は不必要ともいえる。
「突風が来る事はあるけど、そこまでナーバスに考える事はないさ」
非常に安定して飛んでいる航空機は、確かにセコの言う通りレースゲームの感覚に似ている。道こそ見えないが、動きが三次元的というだけで操縦桿とペダル操作で自在に動けていた。
「はい」
ヨウは返事をしながら、軽く周囲を見渡していた。天候、時刻も刻々と変化するゲームであるから、空は飛びたいと思っていたヨウにとっては感慨深い場所である。
「さて――」
空を見ているのを感じ取ったという訳ではないが、セコが声をかけたタイミングはヨウの集中力が他へ向かおうとしていたタイミングだった。
「ちょっと操作してみようか」
航空機の許可が下りた時点でチュートリアルがあったが、一度、自分の愛機を確かめておくのは悪い事ではない。
「そうしなきゃ戦闘にならないって訳じゃないけど、いきなり期待を組んだから、大分、初心者向けの期待じゃなくなってるからね」
ついてこいと、セコが前に出た。
「はい」
ヨウがスロットルを開くと、加速に伴って、ここだけはGがかかる。軽いGが爽快感を出す演出だろうか。
「操縦桿を倒してみようか。機体が倒れたところで操縦桿を押すか引く掠ると、旋回できる」
次にセコが指示したのもも基本的な動作。
「はい」
それでもセコについて行こうとすると、段々と視界の中心から離れ、機体が遠くなってしまう。
「減速をしっかり。スピードが速いと、遠心力で外へブレようとする」
基本である。
そして3つ目は――、
「降下してみよう。効果は一番、スピードが出る。おやっさんが、どれだけの世界にいるか確かめてみるといい。警報が出たら操縦桿を引きなよ」
セコが加速させたまま、機体を降下させた。
続くヨウはややあって――。
「おう!?」
慌てた声を出させられたのは、ドンッと落雷の様な音が響いたからだ。
正確に言うならば聞くのは二度目であるが、音そのものを聞いたのは二度目。
「今のが音速を突破した音だよ」
セコの声でヨウが速度計に目を向けると、時速1200キロを突破したところだった。
そしてストレイキャットは、スロットルを開いて降下させている限り加速を続ける。
「1200……1800……2400……2640……3000――!」
音の3倍弱のスピードに達したところで警報が鳴った。
HMDに表示されている警告は、急激すぎる落下に対して。
「引け!」
セコの声がヨウを打ち、慌ててスロットルを戻し、操縦桿を引く。エンジン閉じ有力が織りなした凶暴な加速は形を潜め、ヨウは呼吸も忘れていた事に気付かされる程。
「お互い、音の3倍なんて出したら、本当は空中分解してしまいそうだけどね」
セコが笑いかけた。空想的なシルエットを持つ二機であるから、現実の空を飛べる航空機ではないが、だからこそゲーム的な楽しさがある。
「まず曲がる、まず停まる。それを覚えておけば、Arms Worldの空戦はどうにかなる」
「はい」
機体を巡航に戻したところで、HMDにメッセージが送られてきた。
――地上班、用意できておるぞ。
標的である飛竜の巣に着いたイーグルからだ。空戦が主となるが、シルバーソードが率いる飛竜の群れを追い立て、また撃墜した後に素材を回収する役目がある。
――初動の準備も整ってますよ~。
続いて低空にいるモモからメッセージが来たところで、セコはヘルメットのバイザーを降ろす。
「よし、始めようか」
打ち合わせという程の打ち合わせはない。
まずイーグルと綾音が追い立てた飛竜を、モモとジョシュアが散り散りにさせる。
それを更に上から、セコとヨウが叩いていくというだけ。
「何とかなるさ」
セコの笑みは、いつも通り。
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