第32話

「よーし、持って来い!」


 工房で声を張り上げるイーグルへ、2メートル近い長身の男が「あぁ」と低い声で返事をした。


 禿頭とくとうにサングラスという出で立ちの男性キャラクターは、プレーヤーではない。



 資材を軽々と持ち上げてみせる巨体のキャラクターは、イーグルのバトラーだ。



 スローライフを楽しめるようにと用意されている存在で、男性のバトラーか女性のメイドが雇える様になっている。


「ここでいいな?」


 ファルコンと名付けられたイーグルのバトラーもAIが操作しており、話し相手としても役立つ。


「あぁ、ありがとうよ」


 礼をいうイーグルがヨウの航空機を組み、ファルコンが資材を運んでくるというローテーションは、なかなかにいいコンビネーションと映り、ヨウは「へェ」と鼻を鳴らした。


「イーグルさんは、男性キャラをもらったんですね」


 珍しいと思ってしまうのは、ヨウもゲームに慣れたからか。Arms Worldでも、こういう場合、女性のメイドを雇うのが多い。事実、ジョシュアは女性を雇っている。


 ただイーグルは簡単にいう。


「ワシが欲しいのは相棒であって、彼女じゃないからなぁ」


 バディといえば、異性ではなく同性と思うタイプだ。


「イメージは、ハリウッドのアクション俳優じゃ。ワシの姿も、そうイメージしておる」


 そういわれてみると、イーグルとファルコンが並べば、ハリウッドの二大アクションスターといっても過言ではない男臭い出で立ちになる。


「それに、この前の割烹屋だけでなく、カフェやステーキハウス風にしている部屋もあってな。そういう処に、ファルコンの様なマスターがいたら、サマになるじゃろ?」


 それはハリウッドだけでなく、日本のサブカルチャーでもよくある風景かも知れない。


「おやっさんのこだわりだね」


 セコがククッと、喉を鳴らす独特の薄笑いを浮かべるのは、イーグルの拘りを知っているからだ。


「拘りじゃよ。カフェもステーキハウスも割烹も、ワシが若い頃……24、5くらいか。フラれた人を連れて行った思い出の場所でもある」


 しばし手を止め、思い出を浮かべる様に目を細めるイーグルだったが、ヨウは首を傾げ、


「奥さんがいるんでしょう? そんな振られた彼女の事なんて思い出さなくても……」


「違うぞ、小僧」


 イーグルは振り返り、指摘する。


「フラれた彼女ではない。彼女になる前にフラれたんじゃ!」


 自慢にならないのは、誰しも分かる事ではある。


 ――なら、尚更なんじゃ……?


 それを口にしようとした途端、ヨウのワキをモモが突いた。


「お兄ちゃん、おじ様は語りたい方なんですの」


 この展開は、モモもよく知っている流れである。


「忘れぬよ。あのステーキハウスじゃ。新宿にあった、ヨーロッパ風の内装に、目の前の鉄板で焼いてくれる店で3回目のデート。今日こそは告白を……と景気づけに頼んだ酒を飲み干し――」


 イーグルはグラスを傾ける様な仕草を見せた後、「お嬢」とセコを呼ぶ。


 寸劇で再現しようというのだろう。


「付き合って下さい!」


「ごめんなさい!」


 僅か2秒とかからずに済んでしまうのだから、見ているヨウが吹き出してしまう。


「ちょっと、早すぎませんか!?」


 2秒ですよと中指と人差し指を立てて見せるヨウであるが、イーグルは「ばかもん」と一蹴し、


「実際はワシも相手も早口で、1秒かからんかったわ!」


「もっと悪いじゃないですか!」


 ヨウも笑わずにはいられないが、この笑いを作り出したいと思うのがイーグルの性格なのだ。


「こうして笑い飛ばす事で、ワシは痛手を乗り越え、そして今に至るんじゃよ」


 大事な事なのだ。


 そして大事な事といえば――、


「それより小僧。飛行機の本体に色々と使ってしまったから、武装や追加装備は限定されてしまうぞ」


 本体の方にヨウが求めたものが、あまりにもメンバーを感激させたため盲点になってしまっている。


「魔力を宿らせる機銃なんかは作れんが……」


 飛竜のブレスを相殺していったジョシュアの機銃などは、今はもう作れる素材がない。


「あ、それは調べてきてます。この、熱素ねっそだんの機銃がいいです」


 ヨウはイーグルのHMDへリストを送った。


 熱素弾とは、このArms Worldのエネルギーの根源、あるいはエネルギーそのものとされる熱素を固めて弾丸にしたもの。


「これ、特効はないけれど、減衰もしないから安定してダメージが与えられるんですよね?」


 あらゆる状況に対処できる初心者向けだと思ったのは、選んだ理由のひとつに過ぎない。


 最も大きな理由は――、



もできるって」



 この熱素弾も、ロマン攻撃が存在するからだ。


「おお、できるぞ。なるほど、なるほど」


「あと、追加装備は、このロケットブースターを」


 何回も使えるものではないし、効果も短時間だが、爆発的に機体を加速させる装置を追加装備に選ぶ。


「いいじゃろ」


 それならば作れると、イーグルはファルコンに素材を持ってくるようにいいながら、「ただし」とヨウへ人差し指を立てた手を突きつけた。


「ただ、欠点も頭に叩き込んでおかんとダメじゃぞ。小僧の機体は小型機じゃが、可変前進翼を装備しているため重い。ロケットブースターも同様じゃ。加速や減速で不利になる場合があるし、ワシが使った20トン爆弾のような重量級のものは扱えん」


 今のArmsWorldのトレンドから外れているのは、この重量が最も大きい。大型機に大量の爆弾を積み、無差別爆撃するのが流行なのだから、重くなる主翼や追加装備は倦厭けんえんされる。


 そしてデザイン上の問題で、もう一つ弱点があるとセコもいう。


「あァ、前進翼だし流線型だから、探知にも弱いね」


「探知?」


 鸚鵡おうむがえしにしたヨウへ、セコは「うん」と間を置き、


「空を飛んでる時、音波や電波を飛ばして、こっちの位置を探ってくる敵がいるんだよ。飛竜なんて解くにそう。地上にいる時は時々しか使わないけど、飛んでる時は常に電波を飛ばしてきてるね。流線型の機体は受け流せない」


 奇襲を仕掛け、一気に無差別爆撃で始末してしまう事が効率的な狩り方とされているからこそ、今。、ヨウのような機体は少数派なのだ。


「前進翼は翼端失速が起きても機動性を喪わないって長所があるんだけどね。でも電波や音波を受け流せない事になってる」


 これは特性の問題であるから、イーグルでもどうにもならない。


「木材や布で作ったら、透過してしまうからいいんじゃがな。ただ、前進翼を木や布で作ると、飛んでるだけでねじ曲がって折れる」


「気を付けます」


 ヨウの言葉は、それしかないから出したのではなく、欠点を認める所がスタートだからと覚えたからだ。趣味装備に欠点がないものなど存在しない。その欠点が嫌われているのだから、ヨウは認め、受け入れなければならない立場だ。



 第一、個人個人が持つ欠点ならば、チームの個性が補ってくれるというものだ。



 だからひとつ、運命がプレゼントしてくれたのかも知れない。


「あ、デイリーに、いいの来てますよ」


 モモが示したランダムで提供されるデイリーミッションに、セコも頷いた。


「あぁ、いいね」


 標的は、シルバーソード。



 名前のついている飛竜は、ノートリアスでこそはないが、群れを率いている強敵である。

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