第7章「ヨウの翼・ストレイキャット」

第31話

 それぞれのプレーヤーに割り当てられている部屋や邸宅はオープンワールド上ではなく、独立して存在しているから、イーグルの邸宅には「工房」が存在している。


「朗報じゃ」


 作業用の妻木姿のイーグルはHMDに表示させているリストを見て、にんまりと笑って見せた。


 朗報とは、今。眼前にいるヨウへの言葉。


「フォートレス・エンペラーを狩った事で、レアな素材が大量に入ってきた」


 イーグルがいっている言葉は、要するに一言で纏まる。



「飛行機の選択肢が増えたわい!」



 ドラゴンドロップはランバージャックが持っていたものと、飛竜から採取したものの二つがあり、金属や鉱石は2度の鎧竜狩りで揃えられた。


 そこへ獣人由来の貴金属やレアメタルが加われば、作れる機材に幅が出る。


 イーグルにとっても、この幅の広がりは大歓迎だ。


「どういうのにするんじゃ?」


 イーグルは声すらも若干、上擦った感じになる程であるが、ヨウは混乱するばかり。


「えーと……」


 さらな状態から航空機を組めといわれても、何がどう違うのか想像すらついていないのだから。


 そもそも、ヨウの記憶に残っている航空機は3機しかない。真っ赤なドラゴンを思わせるセコの愛機と、現代風の戦闘機を思わせるジョシュアの機体に、先日、フォートレス・エンペラーへ急降下爆撃を仕掛けたイーグルの機体だけ。


「うーん……」


 どうしても悩んでしまうヨウに対し、横からひょこっとモモが割り込む。


「おじ様、あまり足早に進めようとしても、お兄ちゃんも困ってしまいますわ」


 選択肢が多いというのは、その実、迷わせてしまうのだから、少ない事と同じ意味を持ってしまう事がある。


「おっと、すまんすまん。だったら、こうしよう。このメンバーの中で、どの飛行機が一番、この身じゃ?」


 チームメンバーの愛機をヨウのHMDに表示させるイーグルだったが、表示されるのは4機だけ。


「あれ? 綾音あやねさんのは?」


 綾音のがないと首を傾げるヨウだったが、綾音はヨウの顔を一瞥し、


「私は持ってない」


 航空機を持っていないのは、忍者の成り切りだからという理由が最も大きいが、勿論、それだけではない。


「グライダーには、グライダーの利点がある。音がしないから敵に気付かれにくいし、墜落しても戦闘不能扱いにならない。風に乗って飛ぶから小回りもきく」


 綾音の能力を活かすには、それが最適だからだ。鎧竜と戦った時も存分に発揮している。


「ヨウさんはいるでしょう?」


 グライダーで満足するはずがないと見ている綾音は、ポンとモモの背を叩く。


「では、まずモモのを見て下さい」


 横から首を突っ込んだモモが、自分の期待を拡大表示させた。


「私の飛行機は、小型で支援も戦闘もできるマルチロール機ですの」


 支援を主として考えているが前線に出る事もできる機体構成は、器用貧乏という面も否めないものの、戦力差があろうと、ある程度の時間ならば交戦が可能というのがモモらしい選択だ。


 ただ、やはりモモも趣味装備であるのは、イーグルが指摘する。


「しかし弱点もあるぞ。ジェットエンジンは二乗三乗の法則というのがあっての。小型化すると、推力重量比が高くなる。小型機ならば、エンジンを一基にするよりも二基にした方が小型戦闘機には向く」


 不条理な機体構成であるとはいうものの、モモは胸を張り、


「小型でも大出力のいいエンジンを使ってますから、双発機に負けないスピードは出ますの。それに一基の方が小さく見えますし、始動も速くて、緊急発進したらモモが最初に発振できます」


 Arms Worldで緊急発進の必要はないが、それでも主張するのは趣味装備だからだ。


 デザインも、モモの航空機は天馬をイメージした曲線で構成され、塗装も白一色。


 そして趣味というならば、もうこのメンバーは停まらない。


「おっと、趣味というなら、ボクも入れてクダさい」


 ジョシュアが手を上げ、自分の愛機を拡大して割り込ませた。


「ボクのは、実在の戦闘機、F-14をイメージして作ってる。エンジンは双発。何と言っても特徴的なのは、この可変後退翼サ」


 キャノピーにヨウを載せて飛竜に突貫した機体なのだから、その印象はやはり鮮明。


「速度によって翼の後退角度が決まる。こいつはブロッサムの機体より一回りも大きいのに、ドッグファイトでは引けを取らない軽やかさで舞うのサ」


 ブロッサム――ジョシュアがモモを呼ぶ時のあだ名だ。


「ブロッサムが花のように舞うなら、ボクはネコのように追うんダよ。F-14の愛称はトムキャット。って意味だからネ」


 魅力的だろうと、ジョシュアが白い歯を見せて笑ったところで、イーグルが「次はワシじゃ」と拡大画像を切り換える。


「ワシは主に爆撃を考えておる。ドッグファイトはジョッシュのどら猫に任せばいいからの。あと、デカい口を開いて飛ぶジェットは、どうも好みに合わんから、ターボテロップエンジンを二基、つけておる」


 先日の急降下爆撃こそが真骨頂だと、その一言で済むのがイーグルらしい所といえよう。爆撃を主に扱うのは、今のArms Worldでのトレンドに載っているが、それでも他の装備を一切、載せられなくなる20トン爆弾の運用まで考えでデザインする事は有り得ない。


「デザインは、実在せん飛行機じゃから、私が頭の中で組み上げた」


 現実に存在する戦闘機をイメージしたジョッシュと、幻想的なモモの機体の、丁度、中間にあたる幻想的な機体といった所で、大トリはセコ。


「私のは、完全に空想だね。遊動式の前翼が2枚に、可変後退翼の主翼が2枚、上下二枚ずつの合計4枚の尾翼で機動性を確保させる。エンジンは双発だけど、それは水平方向に推力を偏向させるノズルも取り付けているから、この中じゃ一番の巨体になってるけど――」


 と、セコはそこで、モモ、イーグル、ジョシュアの三人に視線を一巡させ、


「実は、この三人の機体でできる事は、私の一機で全部、できる」


 究極のマルチロール機だというが、それをいわれると、三人が口々に文句を言い出すが。


「ワシは一度も、お嬢が20トン爆弾で急降下爆撃を仕掛けた事を見た事がない」


「お姉様はいつも前線にいますわ。無双する事が最大の支援というなら、そうなりますけど」


「空戦はボクとオカシラは五分五分だったはずダヨ」


 反論に熱が入るのも、趣味装備であるからこそ、だ。


 それがわかっているからこそ、セコも口げんかにまでは発展させないし、しない。


「いやぁ、実際、空戦の腕はジョッシュには及ばないし、精密爆撃の腕もおやっさんには敵わない。もも姫ほど、細やかに戦場を見渡す事も、私には無理だね」


 残った綾音にも顔を向け、


「それに綾音様と一対一で戦ったら、綾音様はグライダーと忍法で何とかしてしまうよ」


 それら全てはセコのフォローではなく、本音だ。


 本音だからこそ、ヨウにいえる事がある。


「だからね。全員で全員をかばい合う。力を合わせて戦うの、楽しいでしょ?」



 今まで、皆で一緒にからこそ、楽しかったのだ。



「だから、自分の直感で航空機を作ってみるといいよ。ヨウくんが、格好いいと思うものをね」


 セコのいう通り、皆、そうしている。自慢そうにいったセコの愛機が、一機で全員の機体を補えるというのは、セコがチームをまとめる事に格好良さを感じているからだ。


「合わせられる力は、ここにあるんだよ」


 綺麗に纏められたというのは、セコの自画自賛ではないはず。


「あ」


 モモが少し不満そうな声を上げる程に。


「そんな纏め方したら、お姉様の飛行機が一番、格好いいから、そうするってお兄ちゃんが思っちゃうじゃないですか!」


 ずるいと膨れてみせるのはポーズでもある、と分かっているだけに、ヨウも笑い出してしまう。


「いやいや……」


 事実、ヨウはやはりセコの飛行機が最も好みだ。


 しかし――、


「これ、ちょっといいですか?」


 思いついてしまった、とヨウはHMDに映っているパーツを組み合わせていく。


「まず、機体サイズは小さめ」


 セコの22メートル級、ジョシュアの18メートル級よりも小さめのもの、モモの15メートル級を選ぶ。


「で、エンジンは小型化に向く双発」


 ここはイーグルが指摘した通り。


「翼は――これ!」


 ヨウが選んだ主翼は、セコやジョシュアと同じ可変翼。



 ただし通常ではV字のシルエットを描く前進翼だ。



「それで、デザインを……」


 曲面で構成された機体のメインカラーは白にするが、青紫のラインを、機首からキャノピーにかけてはY字を模し、両方の主翼から尾翼にかけては、徐々に太くなるように弧を描かせる。


「この風を感じさせるペイントアート。これ、どうですか!」


 モモの小型機、ジョシュアの可変翼、セコの空想的なデザイン、イーグルがヒーローカラーだといった白と青紫のカラーリング、綾音のグライダーが持つ風に乗るという感覚をイメージしたライン。



 ヨウが格好いいと思うもの――それは、このチームをイメージして組み上げる事だ。



「格好いいですわ!」


 モモが拍手した。


「文句なしじゃ!」


 腕が鳴るとイーグル。


「いいんじゃない?」


 クールを装いつつも、綾音とて笑みが浮かんでいる。


「こういうの、ボク、知っています。日本では画竜点睛っていう」


 ジョシュアが指しているのは、最後に付け加える肝心な部分の事だ。


「……」


 セコは、軽くヨウの胸に拳を当てて、


「ありがとう」


 その一言に、どれだけの思いを、彼女は込めただろうか。


「よーし、とりかかるぞ! まず最初に、愛機の名前を決めぃ!」


 いても立ってもいられないとばかりに、イーグルは命名を急がせた。


「えっと……」


 この時、ヨウの脳裏に浮かんだ単語は、皮肉だっただろうか。



「ストレイキャット」



 その意味は――このチームに拾われた自分の事だ。

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