第25話

 鉱山へ向かうセコ一行は、今日ばかりは目立った。


 皆、思い思いの装備で、敵との相性だの属性だのを無視しているのだから目立って当然と言えば当然であるが、今日は一際、目立っている。


 セコからもらった鳥に跨がるヨウも、今は前ではなく自分のすぐ傍を行くを見上げさせられていた。


「何か、圧倒されます、本当に……」


 今、フルメンバーになったセコたちの中心にいるのは、イーグルの」――。



 戦車だ。



 戦車といわれると、ヨウは兎に角、角張ったものを想像してしまうのだが、イーグルの戦車は極端な程、傾斜させた装甲が目立ち、直線よりも曲線で構成されている。


「長方形の辺より、対角線の方が長いじゃろ? それを利用した装甲じゃよ」


 ハッチから上半身だけ出しているイーグルは、自慢の愛車だと装甲をポンポンと叩く。


「主砲は、12.2センチ砲。鎧竜の装甲でも角度がよければぶち抜けてしまうんじゃ」


 これを乗り物として使えるのが、Arms Worldである。


「本当の戦車なら、車長、操縦手、機関手、砲手が必要じゃが、これはゲームじゃからな。ワシ一人でも動かせるわい」


 そういうイーグルが獣を使っただけでも落盤してしまうという場所へ、戦車で向かっているのには意味がある。


「ジョッシュ、ワシはあの丘の手前に陣取るぞ」


 イーグルはそういうと戦車に身体を滑り込ませ、ハッチを閉めた。本来、戦車の運用には、車長、操縦手、砲手、機関手の4名が必要で、理想をいうならば装填手と通信手を含めた6名であるが、Arms Worldでは一人で全てできるようになっている。


 イーグルが示した丘は目的地である鉱山の手前に存在し、その手前は車体が鉱山にいるコボルトからは隠れる位置。


「あれは?」


 離れた位置に陣取るイーグルを目で追っているヨウは、てっきり戦車を盾にして進む者だと思っていた。


「サンボーイ、戦車があっても1輛じゃ足りナイよ」


 戦車軍団というのならば兎も角、如何にイーグル自慢の重戦車とはいえ、1輛で事足りる戦闘はない。重戦車ではないが、装甲と火力を頼りにするモンスターである鎧竜も、こちらは4人で狩れたのだ。


 ――戦車の使い方は、ひとつではないんじゃ。小僧、勉強していけ。


 イーグルからのメッセージを受けた時、鉱山の入り口から、イーグルの重戦車、ヨウたちを見ると、丁度、90度になり、二等辺三角形を描いている。


 その位置を確認した後、ジョシュアは銃を取り直す。


「サンボーイ、みんなと下がってテ。オカシラ!」


「確認しているよ」


 セコはHMDの設定を変えて、ジョシュアと共に眼下の鉱山を見ていた。


 伏射の姿勢を取ったジョシュアは、そっと銃を構えた。ヨウが使う短小銃の倍近い大きさの銃は、狙撃仕様の特別製。


「ジョッシュ、銃が使えるのか」


 思わず出たヨウの言葉は失礼極まるというものだが、ジョッシュは気にした様子はなく「ハハッ」と短く笑うのみ。


「サンボーイより、少しだけネ」


 謙遜けんそんである。傭兵を自称しているジョシュアの腕はチーム随一。狙撃という手段も、どちからといえば効率的ではないと切り捨てられており、ジョシュアもモモと同じく失われた技術を維持している一人だ。


 スコープを除くジョシュアの隣で、セコも鉱山の入り口を見ていた。


「3匹」


 今、鉱山の外で見張りをしている風なコボルトの数を告げる。


「アドするかもね」


 セコのいうアドとは、コボルトのような仲間意識の強いモンスターを攻撃した場合、近くにいる攻撃されていないモンスターとも戦闘になってしまう事を示す用語だ。


「リンクさせるのは、得策じゃないネ」


 ジョシュアのいうリンクは、アドと煮ているが、故意に敵を纏めてしまう事を指す用語。


「オヤッサン、手筈てはず通りに頼ンます」


 ――分かったわい。


 ジョシュアにイーグルからメッセージでの返事が来る。


 ――弾種、徹甲。距離不明。仰角は当てずっぽうじゃ!


 というと、ヨウたちと共に二等辺三角形の頂点を作っているイーグルの重戦車が、轟音と衝撃をまき散らせる。


「!?」


 12.2センチの戦車砲は、ヨウが聞いた事のない様な音で空を掻き鳴らしたのだが、ジョシュアは慣れたもので引き金を引いた。


「shot!」


 その戦車砲の轟音に銃声を紛れ込ませたのだ。


 戦車砲の炸裂で、コボルト3匹は一斉に同じ方向を向いてしまい、視界の外にいる仲間が頭を打ち抜かれた事に気付かない。


 これが人相手ならば、戦車砲の他にも警戒していたかも知れないが、敵モンスターは違ってくれる。


「オヤッサン、砲撃の間隔はリキャストいっぱいで頼ンますヨ」


 狙撃銃を捜査し、空薬莢を輩出させるジョシュアは、間髪入れずに狙いを次のコボルトへ変えた。戦車砲のリキャスト――行動再開までの時間は、ジョシュアも頭に叩き込んでいる。


 ――おう!


 イーグルの返事と共に再び砲撃と、それに混じらせてジョシュアの狙撃。


 しかし……、


「ジョッシュ、ジョッシュ!」


 ヨウが気付いた。



 鉱山から、新たなコボルトが出てこようとしているのだ。



 そのコボルトからは、味方の死体が見えるではないか!


「ヤバいんじゃないのか?」


 ヨウの脳裏に浮かぶのは、2匹が向かってくる展開ではない。


 出てこようとしているコボルトが鉱山内へと引き返し、中にいるコボルトが集団でやってくる光景だ。


 構わずイーグルの砲撃、ジョシュアの狙撃は続いた。


「ジョッシュ!」


 思わず叫んでしまうヨウは、コボルトが引き返したのを見てしまった。


 逃げ出すという言葉そのままに走るコボルトは、遠目に見ていても滑稽に映るが、正しい行動だ。こんな状況ならば逃げるのが正しい。


 逃げて、中にいる仲間に敵襲を知らせなければならない。


 それはジョシュアとしては絶対に阻止しなければならない行動であり、


「!」


 歯を食いしばり、身体を跳ね上げるように起こしたジョシュアは、スコープの視界から逃げだしたコボルトを捉える――撃つ。



 傭兵の弾丸は、常に無慈悲だ。



「……」


 最初と同じく、銃を抱きかかえるようにして、ジョシュアが身を隠す。冷や汗と脂汗の混じった、嫌な汗が額に浮かび、頬を流れていた。


「凄いな……」


 先程まで最悪の展開しか想像していなかったヨウの呟きは、少々、不的確な言葉だろうが、ヨウが用意できた言葉はそれだけだ。



 凄いなとしかいえないのは、自分に比べて凄腕だというだけでなく、覚悟の量が――重さもそうだが、質そのものが違ったからだ。



 ジョシュアはニッと笑って、


「アリガトウ」


 それだけ告げた。


 クエストは、まだ始まったばかり。

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