第26話

 鉱山入り口のコボルトを排除し、潜入を果たした事で銃と戦車の役目は一先ひとまず終わる。


「ボクは、鉱山に入っていくコボルトがいないか、ここで見張ルよ」


 ジョシュアは丘の上に異動した戦車の影に隠れ、5人へ告げた。今度は重戦車を盾にして、フィールドから鉱山へ戻ってこようとするコボルトを排除する。


「後ろは任せるぞ」


 戦車から出て来たイーグルはジョシュアと拳を合わせ、鉱山の入り口で待っているセコへと小走りにやって来た。


「待たせたの。行こうか」


 そのまま当然の様に先頭に立つイーグルは、自らの両拳を打ち鳴らし、気合いを入れる。


「よっしゃあ!」


 モモがパワフルだといった印象そのままの姿だが、坑道は声をよく響かせてしまい、初めて入ったヨウを不安にさせてしまうが。


「……大丈夫なんですか?」


 外では銃声を砲撃で隠す程、慎重だったのに……と思うが、セコは、これもゲームだ、と笑う。


「攻撃音は敵に気付かれるし、ゾンビやスケルトンは足音で探ってくるけど、声は気付かれないよ」


 リアリティを持たせる事は大事だが、必要以上にリアルである必要はない。


 この坑道とて、光源がある訳ではないのに、プレーヤーは薄暗く感じる程度で歩けているのも、そのためだ。


「雰囲気ですわ」


 モモも「そういうもの」という。この坑道とて、現実ではそれ程、広くする必要はないが、ここは大人4人がすれ違えられる広さがある。


「雰囲気で、ここが暗い坑道の中って感じ取ってる訳ですから」


 そういわれるとヨウも分かる。本当ならば、モンスターが住み着く様な廃棄された坑道ならば、ライトが必要なはずなのだ。


「小僧、もう一つ、気を付ける事があるぞ」


 そして疑問が浮かぶならば、とイーグルは立ち止まって注意する。


「本来なら、坑道の中では槍なんぞ長すぎて振るえんが、ゲームでは振れる。攻撃する時、躊躇せずに振るんじゃぞ」


 アンデッドとは相性が悪い槍でも、それを振るう事を咎める者はいないが、り腰で戦う事だけは口を挟む。


「……はい」


 ヨウが槍の感触を確かめる様に握った時である。


「う……う……」


 坑道の奥から、呻き声が聞こえてきたのだ。


「ゾンビじゃな」


 イーグルは向き直ると、羽織はおっていたローブを脱ぎ捨てる。イーグルの装備は、それこそ軽装だ。上はランニングシャツ、下はロングタイツ、靴は編み上げブーツと、防御力を持っているのか疑いたくなる様な格好であるが、そこは名工イーグル。抜かりはない。


 武器はびょうちのハードグローブだが、坑道の奥から姿を見せたゾンビに振るったのは、そんなハードグローブの一撃ではなかった。


「行くぞ!」


 いうが早いか、身体を引き摺る様にして歩いてくるゾンビへ向かって跳躍一番、跳び回し蹴りを放つ!


「稲妻……レッグラリアート!」


 坑道内に紫電が走るのは、イーグルの攻撃には雷の魔力が秘められているからだ。


 そして蹴りの威力は、格闘に弱いといわれたゾンビの頭を粉砕する程。


 しかしゾンビを粉砕すると、今度は剣を振り上げて走ってくるスケルトンの姿がある。


「エンチャントアーム。シャイン」


 武器に宿る魔力を、雷から光へと変えたイーグルは、スケルトンの突進に真っ向から対抗する。


「危ない!」


 ヨウが叫んでしまうが、それはジョッシュの時と同じく早合点というもの。


「心配ご無用!」


 イーグルはスケルトンの剣を紙一重で避けると、相手の軸足に自分の軸足を絡みつけ、くるりとスケルトンにのし掛かると、


「魔性……サブミッション!」


 プロレス技でいうところの、卍固め。


「ちょっと……え?」


 何が起きているのか、流石にヨウもわかっていない。


「別名オクトパスホールド。肩と脇腹にダメージを与え、完全に相手に乗り上げているおやっさんの卍固めは、首の筋肉にもダメージを与えられる」


 などとセコが解説してくれるのだが、ヨウは眉間に皺を寄せながら、しかし口は呆けた様に半開きにするという器用な表情になり、


「肩は何となく分かるんですけど、脇腹と首筋って……スケルトンですよね?」


 どこに筋肉があるんだとしか思えない。


「それに、アンデッドって、痛みとか苦しみとかを感じなくて、戦闘マシーン的に襲いかかってくるモンスターって気がして……」


 痛みや苦しみを感じないモンスターに対し、痛みと苦しみを与える関節技を仕掛けている状況が、そもそも飲み込めない。


「光属性だから、スリップダメージがあるんだよ。相手を動けなくしたら、ダメージを与え続ける事も可能」


 理に適った技だ――と断言まではしないセコも、この「アンデッドに関節技」という戦法は、アヤネの忍術以上に趣味の領域だと思っている。ゾンビを一撃で粉砕する格闘能力があるのに、わざわざ時間のかかるスリップダメージで仕留めようというのだから。


 しかもイーグルは、その卍固めだけで倒そうとしていない。


「さぁ!」


 卍固めを自ら解く。


 そのダメージで勝ち膝を着いたスケルトンの頭を掴んだかと思うと、弓を引き絞るかの如く右手を引き……、


「ナックルアロー!」


 その顔面へと拳を叩きつけた。拳で殴ったのではなく、拳を叩きつけたといった方がイメージに合う攻撃だ。


 そのナックルアローをもう一度、叩きつけた後、スケルトンの腕を取って立たせ、今度は壁へと投げつける。


「ダッシャア!」


 そして気合い一閃、トドメの攻撃に移った。


 その攻撃も、殴るでも蹴るでもない。


 肘をL字に曲げ、二の腕を叩きつける攻撃を、プロレスではアックスボンバーという。


「おおー!」


 スケルトンを粉砕し、雄叫びをあげるイーグル。


「おじ様、格好いい!」


 モモがはやてると、イーグルは応える様に右手を挙げた。


「ワシの子供の頃、金曜の夜といえば、これじゃったのよ」


 モモと同じく格闘を得意とするイーグルのスタイルは、プロレスである。

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