第6章「遅れてきた伊達男・イーグル」

第23話

「普通じゃよ」


 イーグルはそういって笑う。


「……といったら、じゃあ普通じゃないのは、どこからだといわれると困るが」


 チーム最年長と名乗っているが、そのアバターは老年までは達していない、壮年の男を使っている。すっきりと短く整えられた短髪は黒々としており、アバターは30代のイメージだろうか。


「吊しのスーツを着て、毎日、朝から仕事に出かけ、昼は社食のAランチを食べ、夕方には働き疲れて帰ってくる。そんな毎日を18の頃から続けて、やっと定年になったジジィじゃよ」


 チームの方針である「素性の詮索は無用」というルールに、「ただし自分でいい出さない限りは」という文言が追加されたのは、イーグルが加入してからだという。


 兎に角、イーグルは話す。


「定年になって、さぁ、どうやって過ごしていこうか。今更、カミさんが外出するのについて行いって濡れ落ち葉だ何だといわれるのも業腹ごうはらだし、さりとて息子も娘も、それぞれの家庭を持ってるのに、そこへ遊びに行くというのも迷惑な話じゃろ」


 腕組みをして困ったような顔を作るイーグルは、ハッとした表情を作って顔を上げた。


「だからゲームだった訳じゃ」


 だから時間が他のメンバーよりもあると胸を張るイーグルが両手を広げて示す周囲は、いつもの「部室」ではない。


 プレーヤーそれそれに与えられる部屋である。


 初心者のヨウはワンルームマンションほどしかないが、熟練プレーヤーともなれば家と言うより邸宅と書いた方がいいような広さが与えられ、そこのカスタマイズも自由にできる。


 イーグルも邸宅を構えている一人であり、それぞれの部屋ごとにコンセプトを変える程。


 だからこそチーム随一の名工である、とセコも認めている。


「おやっさんは凝り性だから、向いてたのかもね」


 セコもイーグルに装備を作ってもらっていた。


 そしてイーグルの腕は、装備の製造にだけ行かされているのではない。



 今、眼前で並べられている料理もそうだ。



 装飾のモンスターを倒した時に得られる肉や、川や海で収穫できる魚介、栽培によって得られる野菜やスパイスなどを活用し、料理を作る事もできる。この場合も、現実では包丁を振るう必要があるが、ゲーム内では素材の組み合わせだけで料理になるという手軽さこそあるが、メニューに関しては場数だけがモノをいう。


「オヤッサンは拘るヨ」


 戦闘のように閃きでできないのが生産であるから、ジョシュアも認める凝り様だ。


 割烹とジョシュアがいった通り、今、チームメンバーが集められている一室は、厨房と客席を区切っているカウンターや床、壁が無垢の木を思わせるデザインになっており、昔ながらの小料理屋を思わせる造りになっているのも一つ。


 料理も、ジョシュアは箸に苦戦しながら口元に運ぶ事になるが、「和」と括弧書きするような料理だ。


 何をやっているかというと、ヨウの航空機を造る素材が集まった事の祝賀会。


「日本では、こういう時、鯛でお祝いするんですネ。めでたい!」


 ジョッシュがヨウの眼前に、焼きたての鯛が乗る皿を置いた。皿も漆塗りを思わせる立派なもので、正にお祝い、正しくはれの日といった風情である。


 しかしイーグルは開いた掌を突き出して、


「ふふ、ジョッシュ、鯛を見てめでたいとしかいえんようでは、まだまだ日本を分かっていないぞ」


「おめでたいから鯛じゃなイ?」


「左様。日本でも、昔からウサギや鳥は食べていた。つまり肉料理もあるんじゃよ。それでも鯛が選ばれる理由は別にある」


「あ、それは俺も知りたいです」


 ヨウも手を上げ、身を乗り出した。


「教えよう」


 イーグルも笑顔でジョシュアとヨウへ視線を向ける。


「鯛に限らず、魚にはがある。しかし肉料理の殆どは、もう肉に骨はついていないじゃろう? 信念を貫き通す者の事を、骨のある奴、といわないか?」


 ヨウが頷く。


「あぁ、いいますね」


「では、鯛の骨は硬く鋭い。気骨のある者になれという願いがもっておるのじゃ」


 ヨウの成長――プレーヤーとしてだけでなく、現実でもだ。


 モモは「なれますわ! 私たちのお兄ちゃんですもの」とヨウの背を叩いたところで、自分の前に置かれている茶碗に赤飯が入っている理由に気付いた。


「あ、ではお赤飯にも意味がありますね?」


「小娘、気付きおったか」


 イーグルがにやりと白い歯を見せて笑うと、モモは「はい」と大きく頷いた。


「骨のある人の他にも、しんのある人という言い方もします。でも、ご飯に芯があったのでは台無しですわ。ごはんはふっくらしていなければならないのに」


 その答えはイーグルが考えていた通りだ。


「そうそう」


 イーグルが頷く顔に、モモも笑みを浮かべた。


「だからお赤飯なんですの。お赤飯には餅米を入れて、粘りを出しますわ。つまり、困難な事態にも粘り強く立ち向かう人になれ。そういう意味では?」


「正解じゃ!」


 イーグルはこれ以上、ない言葉をもらったぞ、とヨウを見遣った。


「小僧。皆が望んでいるのは、困難に立ち向かう芯の強い男になって欲しい事、どんな困難にも粘り強く諦めない男になって欲しい事。この二つじゃ」


 これらの言葉はチームの総意、そして純粋な好意で、しかも範を示した先達の言葉だ。


 ヨウが反発する理由も余地もなかった。



 素直に聞ける。



「はい!」


 素直な返事。


「よし、食べなよ食べな」


 セコがヨウの前へ次々と料理を押し遣った。


 この会が終われば、がある。



 航空機の使用許可を得る、中盤の試練だ。

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