第22話

「なら!」


 もう一度、ヨウは槍のスロットルを開いた。


 ――チャージスピアは投げられる。逆鱗を狙ってやる!


 逃げる飛竜に対しては、その攻撃は無謀だ。確かにチャージスピアの投擲は、モモと二人で戦った鎧竜を撃退した一撃でもある。しかし練習がモノをいう。


 ――マグレだとしても!


 その考えは当然、ヨウの脳裏を走った。


 しかし幸運はいくつかある。


 まず、飛竜は逃げようとしたのではない事。


「ギャアアアア! ギャアアアアアア!」


 飛竜の声は、苦痛のためではない。



 何よりも、空を飛ぶ姿が、飛翔というに相応しい雄々しさではないか。



 この飛翔が、死地から命辛々逃げ出す者の姿であろうハズがない。



 ――かくなる上は。


 そこへ表示されるジョシュアのメッセージ。時代劇でしか聞かないセリフに、皆、吹き出しそうになってしまうのだが、ジョシュアは大真面目にいっている。


 ――かくなる上は、最後の手段!


 そのメッセージと共に、焼け落ちた木々を機銃で排除し、ジョシュアの航空機が地面スレスレまで降りて来た。


 そしてキャノピーを開き、


「サンボーイ! 乗れーッ!」


 何をいったのか、理解できた者はヨウだけだった。セコも綾音あやねもモモも、経験が邪魔をして突拍子もない行動を要求されても動けない。


「はい!」


 返事をしたヨウが取った行動は、ジョシュアの航空機に飛び乗る事!


「キャノピーに槍を刺して身体を固定するといいヨ」


「大丈夫なんですか?」


 飛行機のコックピットなど、どこを貫いてもヤバい印象しかないのだが、これはゲームだ。現実では、パイロットが操作する負担を減らすため、戦闘機のコックピットは例外なく狭いが、ゲームのコックピットは次元が違うのではないかと思うくらい、広い。


「ボクに刺さってなかったら大丈夫サ。それより――」


 ジョシュアは愛機を加速させ、空の上で待っている飛竜へ向かう。


「急所は、バイタルゾーンの他にも、もう一つ、アル」


「あるんですか?」


「アル。熱素ねっそたいという器官が身体の中にアル。そこを突ケ。飛竜の熱素袋は、口から真っ直ぐ入ったお腹の中サ」


 ヨウがチャージスピアを投擲とうてきしようとしていたのを見て閃いた作戦だった。


「ブレスを吐く時、飛竜は首を水平にすル。ブレスはボクが相殺するから、サンボーイ。君がヤレ」


「……はい!」


 返事をするが早いか、ヨウはスロットルを開ける。


「弾種、水撃! ブレスはボクに任せロ」


 ジョシュアは操縦桿を握る手に力を入れた。激怒時のブレスは溶けた鉄のようなものを飛ばしてくるのだから、機銃で破壊する事も可能。


「ブレスを凌ぎきれば、相手の熱素袋は見えル」


 勝算があるのかなど、ジョシュアにとって野暮な質問だ。



 ――可能性? 皆無でないならやってみる!



 ――傭兵の命は、紙切れ一枚分。しかし自分のサインが入っちまった紙切れが、燃え尽きる数秒まで挑み続ける!


 これがArms Worldのジョシュアという男のだ。


「かくなる上は最後の手段! サンボーイ……いや、ヨウ!」


「……!」


 名前で呼ばれた事が、ヨウの目に力を宿させた。


けながら叩き込め!」


「おう!」


 こんな時、乱暴な返事がよく似合った。


 飛竜へ肉薄する。


「フーッ、フゥーッ」


 飛竜の真っ赤に燃える相貌そうぼうから、最も小賢こざかしいヨウへの怒りが感じ取れた。


 呼吸は全てブレス攻撃へ繋げる布石。


「来るぞ来るぞ、来るゾーッ!」


 吐き出されたブレスに、ジョシュアは魔法を宿した特別な機銃で対抗する。


 ブレスが相殺されていき、その飛沫がヨウの顔を掠めていった。


 しかし最も怖いのは、今、飛竜へ向かった真一文字に飛んでいる事。


 ――衝突……。


 ジョシュアとヨウを合わせて戦闘不能回数が2回になっても、まだ制限内ではあるが、「制限内だからいいや」と考えられないから、セコのチームは成り切りキャラもOKにしている。


 飛竜のみを視界に収めたヨウは、背を押されたような感覚を覚えた。


「やれーッ、ヨウーッ!」


 ジョシュアの絶叫と共に、ヨウはチャージスピアを飛竜の口――熱素袋へと叩き込んだのだ。


「……」


 飛竜から断末魔はない。


 だが擦れ違った直後、飛竜の身体が炎に包まれたのは見えた。


 ――Critical!


「やったヨ、サンボーイ!」


 ジョシュアの声が、開け放たれた風防からじかに聞こえてきた。現実ならば、時速300キロを超えるスピードで飛んでいるのだから、人の声など聞こえようはずもないのだが。


「あぁ、Thank you! Nice Guy!」


 ヨウはスラングでいったつもりはない。


「Sure!」


 一瞬、操縦桿から手を放したジョシュアは、ヨウと握手を交わした。

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