第21話

 セコは口に槍の柄をくわえてスロットルを開く。最大限までチャージし、飛竜の逆鱗へと突き立てるつもりだった。


 ヨウも再程の再現だとばかりにセコとは逆方向へ走りながら、チャージスピアを用意するのだが、そこで逆鱗に触れられた飛竜の怒りを吐露とろした。


「ギャアアアアア!」


 初っ端にくらった絶叫が、もう一度、ヨウをスタンさせる。


 バッドステータスは敵の狙いを引いてしまい、挙げ句、逆鱗を狙った張本人だとなれば、飛竜がヨウを狙うのは当然。


「違うだろーッ、このハゲーッ!」


 それでもセコからの挑発で飛竜が顔を背け、隙を突いて綾音あやねがヨウの元へと駆け寄った。


「しっかり!」


 セコと同様にヨウを抱え、自分のグライダーに乗せる綾音は、風魔法を駆使しながら銃を取る。


 ――動かないでくれて助かるわ。


 くノ一の成り切りキャラである綾音が持っているのは、威力は高いが射撃一回ごとにリキャストタイムが発生する火縄銃である。本来、もっと走り回るモンスターである飛竜が足を止めているのは幸運だった。


 馬上筒と呼ばれる銃身の短い銃は、ヨウの短小銃と同じく銃口から火を噴く。そしてArms Worldでは威力と速射性や使い勝手はバーターだ。火縄銃だからマグナム弾より弱いという事はない。


「このッ!」


 しかし、その威力とバーターになっている反動が、上昇中に無理矢理、射撃した綾音をグライダーから振り落とそうと暴れた。


「おっと!」


 今度はヨウが綾音を抱きかかえて体勢を保つ。


「ありがとう」


 礼をいった綾音だが、ヨウの背にある短小銃へと手を伸ばすと、抱きかかえられた体勢のまま、ヨウの肩越しに飛竜を狙う。


「ただじゃ起きないね」


 抱きしめられた形になっているヨウが苦笑いするも、綾音は当然とばかりに鼻を鳴らしながらグライダーのハンドルに持ち替えた。


「強いから、飛竜」


 楽勝といかない理由は、自分たちが思い思いの装備、戦法を採っているばかりではない――とは、このチームだから出てくる言葉であるが。


「それに、私がもも姫やセコさんからって呼ばれてるの、知ってるでしょ?」


 自分は高飛車キャラだといいたかった綾音だが、ヨウにはわからない。


綾音あやね姉様ねえさまが短くなってあや姉様ねーさま、それを聞き間違えて綾音様だと思ってた」


 モモがいい出した呼び名に、セコが乗ったのではないかというのか、正解だ。


「その通りよッ」


 当てるなといいつつ、綾音は眼下の飛竜へ目を移す。


「グルルル……」


 攻撃を受けている飛竜が低く唸る。下ではセコが挑発し、上では綾音が銃撃を加えてくるという状況に苛立ちを募らせている様にも見える演出は、慣れていないヨウには自分たちの優勢が信じられなくなる光景だった。


「ガアッ!」


 短い咆哮ほうこうと共に尻尾を振るうが、それをセコは大剣と槍を十字に構えて耐えた。


「少々のHPくらいくれてやるから、逆鱗を寄こせ!」


 再使用が可能になると同時に、セコは挑発していく。狙いを自分に集中させ、銃を持っている二人に任せるのは、まだArms Worldが効率だけを追い求めるようになる前は定番だった戦法だ。


 ――ゲームのモンスターが小賢しいなんて思う事は、ないんだろうけどさ。


 そう思うセコであるが、ゲームの演出としてモンスターの行動には苛立ちや怒りというパラメータによるものが存在している。



 そして今、飛竜は怒りを文字通り爆発させた。



「あああああ!」


 聞いた者をスタンさせる絶叫ではなく、より甲高い咆哮と共に吐き出されるのは、灼熱のブレス。


「これはダメ!」


 綾音に叫ばせる飛竜のブレスは、通常時ならばセコとヨウを狙った火球だが、激怒状態では火球は火山弾のようなもの。


 放物線を描いて振ってくるブレスそのものの回避は容易いが、もたらす効果が違う。


「これ、山火事!?」



 ヨウを慌てさせる通り、周囲の草木を烈火の炎に変えていく。



「吐いたのは炎じゃなくて、溶けた鉄みたいなものなの。何千度っていう温度って設定だから、草や木々燃え始める。周囲の環境を変えて、こっちにスリップダメージを加えてくる」


 綾音の説明通り、熱を直に感じる訳ではないが、紅に染まり、ゆがみ始める視界は、炎に囲まれている事を感じさせる。


「もう!」


 そしてグライダーを操る綾音には、炎の影響はスリップダメージだけでなく、発生する上昇気流で操縦を阻害する効果もある。


 そうなれば決断は早い。


「降りるよ」


 ヨウの手を掴むと、綾音はグライダーから飛び降りた。航空機では墜落は戦闘不能になるが、グライダーは落下ダメージが存在しない。


 着地と同時に綾音は銃から小太刀に持ち替える。


「環境の変化は、同じく環境を変化させる魔法や武器を使うしかないけど、こっちにはない」


 火を消すならば水が必要で、水を操る魔法も存在しているのだが、綾音は未習得だった。


「距離を詰めて、体力勝負するかい?」


 セコの言葉に、綾音はハッキリと頷く。


「やるしかない」


 綾音は地面を蹴り、セコ、ヨウと共に三角形を作る位置へと走った。


 飛竜の狙いはセコが全て引き受けるが、的の分散は飛竜の行動を簡単に決定づけてしまう。


「フーッ」


 息を吸い込む仕草は、ブレスを吐き出す準備行動。真上を向いて咆哮と共に発射されるブレスは、全方向へランダムに飛ぶ。分散した相手へ行える攻撃だ。


 しかし咆哮が放たれるよりも一瞬、早く、モモの魔法が発動する。


「二度もやらせません!」


 回復と支援が役目であるモモは、新しい魔法を持ってきていた。


「あれは、もも姫の防御魔法?」


 ヨウが目を見開かせる半透明の壁は、頭上へ放とうと上を向いた飛竜に対し、蓋をするかのように降りてくる。


「防御というか、盾を出す魔法ですわ」


 防御力の強化ではなく盾を出現させる魔法は、前方のみに鉄壁の防御を示す。


 飛竜の頭上から、口元を押さえるように展開させれば、ブレスは行き場をうしない、精々、飛竜の足下へ落ちるだけ。飛竜は環境からスリップダメージを受けることがないので。攻撃手段にはならないが……、


「ヨウくん、綾音様――」


 セコが両手に持つ二つの武器を構えながら、二人を呼んだ。


「ここで決めるよ。わかる?」


 主語が省略されたという言葉。


「はい!」


 理解できたヨウは、槍のスロットルを開く。


「セカンド・イグニッション!」


 それはセコも同時に。


「アドバンスド・サード」


 二人の槍が青い炎を点らせる。


「フォース・デトネイション!」


 より強い白い炎へ。


「ファイナル・アルター!」


 輝きを放つと同時に、ヨウが駆け出す。


 ――合わせる! 連携だ!


 飛竜に初めて決めた連係攻撃を再現するつもりだった。


 セコが振るう大剣に合わせ、チャージスピアを――、


「やった!」


 弧を描く軌跡に突き刺さる軌跡が重なり、飛竜を蝕む。


「まだまだ!」


 その軌跡に、セコは左手に持った槍を大きく回転させ、遠心力を付けた穂先を突き入れる。


 軌跡は、他にいい様がない、文字通りの大爆発を起こした。


「――!」


 飛竜の悲鳴すら掻き消してしまう程の爆発音と共に。


 ヨウもセコも顔の前に腕を翳すが、それをせずに真っ直ぐ飛竜を見遣る目が一対。


「オンキョバミリキャ・ナラアアラウジンシャク・インダラヤ・サバカ」


 綾音は印を結び、タントラを読み上げている。



 魔法が発動する時間計測だ。



 ――モモ姫の盾が、飛竜の動きを制限してくれてた。できなきゃ嘘よね。


 鎧竜を一撃の下に葬った風の魔法ではないが、稲妻の魔法は飛竜との相性が悪い魔法ではない。


「戦術・天誅! 帝釈たいしゃく雷撃らいげき!」


 爆炎の中に飛来する雷の魔法は、飛竜の逆鱗を打ったのだが――、


「うがああああ!」


 飛竜が咆哮と共にモモの盾を破壊した。


 両手の翼を羽ばたかせ飛翔すれば、一瞬で手の届かない高さまで行ってしまう。


 ――ここが鎧竜と違う所だけどさ。


 綾音は失敗したとは思っていない。


「ジョッシュ!」


 いう時のために、上空にはジョシュアがいるのだ。


 いるのだが――、


「オカシラ、ダメだヨ」


 ジョシュアからは否定的な言葉。



「逆鱗が砕けていない」



 急所が露出していないのだ。

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