第5章「傭兵・ジョシュア」

第17話

 その日、チームの「部室」に顔を出したヨウに、先客が大きく手を上げた。


「おう、小僧」


 随分ないいようであるが、ヨウを小僧と呼んでも違和感がない中年男のアバターを使っているのは、セコのチームで随一の名工である。


「できたぞ。着て見せてくれ」


 その名工――イーグルは、主に鍛冶や皮革加工のスキルを磨いており、先日、やっと装備一式を揃えられる素材を集めたヨウへ防具を持ってきたのだった。


「ありがとうございます!」


 ヨウの礼が一層、大声になる程、部室の中央に置かれた机の上にある防具はワクワクさせられる。


 二度にわたる鎧竜との苦戦により、防御力を重視した甲冑を注文していたのだが、イーグルが用意したのは金属を多用した重装備ではない。


「鈍重な印象では格好悪いと思ってな。まぁ、着てみてくれ」


 イーグルは、まず試着しろと繰り返す。それだけの自信作ができたという事の裏返しだ。


「はい」


 まずヨウが着るのは、革製のインナー。後々、パイロット志望だというヨウのため、このインナーだけならばパイロットスーツとしても使用できるようになっている。


 黒いインナーの上から身に着けていくのは、これも革鎧を基本とし、要所要所に金属での補強がされているもの。


 防御力を求めたかったヨウには物足りない数字かも知れないが、イーグルもヨウの頼みを無視して作ったわけではない。


「ガチガチに固められる程、鉱物がなかったもんでの。しかし、弱くはないぞ」


 イーグルの自信は、ここにある。


「ハイ・クオリティ品じゃ」



 ハイ・クオリティ品――生産時にランダムで発生するイベントで、通常よりも数字の高い装備に付けられる俗称だ。



「へェ。このデザインも、ハイ・クオリティ品だからですか?」


 鎧、手甲、脚甲を着けたヨウは、その色に目がいく。深い青紫の装備一式には真っ白い縁取りと装飾が施されており、金属部分の青い光沢と相まってヒーロー然とした佇まいだ。


 イーグルは白い歯を見せ、ククッと笑った。


「ヒーローの色といえば、青と白、赤と白というイメージがあるじゃろ?」


 そのデザインはイーグルの仕込みである。


「えェ、えェ!」


 ヨウは何とも頷いた。赤と白という組み合せもいいが、それはセコの航空機と色が被ってしまう。深い青紫は、チームの誰とも被らない。敢えて言うならば綾音の装束だが、綾音の装束は紫がかっていない純粋な青と白の組み合わせだ。


「格好いいですわ、お兄ちゃん」


 モモも満面も笑みを見せていた。ロマン突きを主な攻撃に使用するヨウに、このヒーロー装備ともいうべき鎧はよく似合う。


 しかしイーグルはチッチッと立てた人差し指を左右に振る。


「いやいや、待て待て」


 鎧、手甲、脚甲だけでフル装備ではないだろうと、もう一つ、最後の防具を投げ渡した。


「ああ、ヘルメット」


「いやいや、アーメットという。兜じゃよ」


 その兜のデザインも、ヨウは見た事がある。


「この前、お嬢や姫ちゃんと狩った鎧竜の頭蓋骨があったじゃろ? それを加工してみたぞ」


 竜の頭を意匠に持つ兜を被ってこそ甲冑だ。


「ドラグーンって感じですわ。いいですわねェ」


 モモのいう通りの姿であるが――いや、イーグルはドラグーンだからこそ、もう一つ装備品を作っている。


「そして、武器もサブ武器をやろう」


 銃身を切り詰めた銃だ。


「ドラグーンというのは、元々、ドラゴンの騎士という意味ではなく、銃を装備した騎兵の事をいってな。この切り詰めた銃は、黒色火薬を使用して弾を発射すると、銃口から本当に火を噴く。火を噴く細長い武器を使う者という事で、ドラゴン使い、竜騎兵という訳じゃ」


 この銃に関してはヨウが集めてきた素材だけでなく、イーグルの持ち出しもある。


 しかもヨウからすれば、こういう装備は心躍るもの。


「ありがとうございます。本当に……」


 ヨウは声を震わせる。セコ、モモ、綾音の協力があったとはいえ、鎧竜を倒した事と、一式の装備を手に入れた事で、ヨウは中級者といっていいはず。そこへ到達できた感激と、手を引いて連れてきてくれたチームメンバーへの感謝からだ。


 そんなヨウの顔を、モモが左右の手で挟み、「俯かないで」と顔を上げさせた。


「まだ楽しい事、いっぱいありますわよ。飛行機、作るんでしょう?」


 まだ目標を達成していないし、航空機を作っても、ゲームの終わりは先なのだ。


 綾音もいう。


「これからよ、まだこれから」


 皆でできる事がどんどん増えるのは、まだまだこれからだ。


 そこで「で、次なんだけど――」といおうとしたセコをさえぎり、部室のドアが開かれる。


「Hi!」


 現れたのは、ジョシュアと名前が表示されている男。金髪碧眼の男性アバターで、パイロットスーツを思わせる黒いツナギにブルゾンを羽織った姿だった。


 ジョシュアは部室内を見渡すと、


「新人? ハジメマシテ!」


 どこかイントネーションのおかしい言葉だった。


「ジョシュア、でス。よろしく。言葉は、気にしないでクレ。留学生なんダ。ジョッシュって呼んで欲しイ」


 留学生というジョシュアは、愛称であるジョッシュと呼んでほしいというのだから、新人のヨウに対し、セコたちと同様の親しみを覚えている。


「ヨウです。初めまして」


 陽気な雰囲気に、ヨウも握手で返した。


 返したが、返した途端だ。


 皆のHMDにメッセージが表示される。



 ――Yaranaika?



 吹き出した後は、軽い混乱。


「これ、パーティって事ですか? 手伝ってくれるのは嬉しいですけど、これは……」


 ヨウもいい加減な生活をしている訳で、これが冗談だとは分かるのだが、初対面でウケる冗談ではないとも思ってしまう。


 しかしジョシュアは目をまん丸にして、


「え? 日本では、仲良くなりたい相手へは、Yaranaika? と訊ねテ、OKだった場合、Uho! Nice Guy! って返すと聞いたんダけど?」


 冗談ではなく本気でいっているのだとすれば、ヨウも慌ててしまう。


「ゲームでのスラングはどうか知らないんですけど、普通はいいませんよ! 一体、誰にそんな事を……」


 誰に――大体、こういう事をするのは一人だけ。


「ゴメン、私」


 セコが「あーあ」というような顔で手を挙げたのだった。


 しかし、高々、この数秒の会話で場が馴染んだのも事実である。ヨウが笑うのだから、緊張は解けた。


「何て事、教えるんですか! 他にも教えてないでしょうね?」


「うーん……自覚してるのは、ない……かな?」


 はなはだ怪しいものであるが、ジョシュアはもう一度、メッセージを送った。


 ――hehehe.


 それは外国では(笑)に近いニュアンスである。


「あー、日本だとヘヘヘという笑いは、ちょっと怖い笑い方だったり、変な笑い方だったりするんですよ」


 ヨウがいったのは親切心だ。


「そう? じゃあ。こうする事にしよウ」


 ジョシュアが新たなメッセージを送る。


 ――hahaha.


「それはそれで、バカ外人みたいになるねェ」


 セコが笑いながらジョシュアの背をパンパンと叩き、


「でも、これで全員、揃ったね」


 セコ、モモ、綾音、イーグル、ジョシュア――ここにヨウを加えた6人が、このチーム全員である。

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