第16話

 切り飛ばされた尾が宙を舞い、鎧竜をのたうち回らせる。


「ギャアアア! ギャアアア!」


 部位破壊は一時的ではあるが、モンスターを行動不能に陥れる。畳み掛けるならば、この瞬間とばかりにセコは歓声をあげた。


「よっしゃあ!」


 セコのスレッジハンマーにもトリガーがあり、それを押し込むと爆裂音と共にハンマーの片面が火を噴く。


「スペシャル・バレット!」


 爆薬によって加速させた一撃は、このスレッジハンマーもロマン攻撃が備わった趣味装備である事を示す。


 そしてヨウのロマン攻撃も続く。


「セカンド・イグニッション」


 それに対抗するというわけではないが、ヨウもチャージスピアのスロットルをひねった。


「アドバンス・サード」


 槍の穂先に光を灯らせる。


「フォース・デトネイション」


 光を赤から青、そして白く……。


「ファイナル・アルター!」


 輝きを伴った槍を鎧竜へと突き入れる!


 二人の攻撃が、鎧竜の身体を覆う鉱石を砕き、ピンク色の腹を露出させた。ヨウが目の色を変える。


 ――急所を!


 もう一度、狙おうとスロットルを捻るヨウだったが、それはセコからの警告が飛ぶ。


「離れよう。もう一回は無理だよ」


 ためを必要とするロマン攻撃は、モンスターの転倒中にできても一度くらいなものだ。セコが持っているスレッジハンマーでも、振るった直後の硬直時間が発生してしまう。


 セコの言葉には、ヨウの切り替えも早い。


「はい!」


 しかし離脱しようとすると、ヨウは身体に若干の重さを感じてしまう。


 ――回復しなきゃ。


 モモからの回復魔法が不十分だったからだと思ったのは直感だ。完全回復させてしまえば、鎧竜の狙いが全てモモへ向かう事になる。それは避けるべきなのだから、モモが心得ている。


 しかしこの重さは、ヨウは回復が不十分であったからではない。


 走りにくい以上の事を思っていないヨウに対し、その異変に気付いたのは、やはり回復役であるモモ。


「お兄ちゃん、バッドステータスですわ!」


 ヨウの異変は、体力ではなく状態の問題だった。


「バッドステータス? ああ!」


 ヨウのHMDに表示されているのは、骨折。現実ならば痛みで気付くが、ゲームに痛みはない。


 尻尾の一撃を受けた時、肋骨を折られていた。


 ――この前は、そんなのなかったぞ!


 ヨウが歯噛みさせられているが、今回が特別、運が悪かったという訳ではない。寧ろ、何もなかった前回が幸運だったのだ。まともに受ければ一撃で戦闘不能にさせられるのだから、今のヨウが防御手段を講じても何かしらの悪影響はあって当然である。


 そして異常に気付かされると、走る足が余計に鈍ってしまう。


「グゥゥゥゥ……」


 低い声が鎧竜の喉から発せられるのは、行動不能から立ち直ったからだ。


 そしてバッドステータスは敵の狙いを引きやすい。


 ヨウへと狙いが移ろうとするが、そこへセコの挑発が飛ぶ。


「よく来たな、トカゲ野郎! ウェルカーム!」


 足が鈍ったヨウを逃がす切っ掛けにするためだ。スレッジハンマーで戦っていた分、ダメージソースとなっているセコもヘイトを稼いでいる。


 鎧竜を振り向かせるには十分。


 そしてセコの装備ならば、打撃で骨折や失明などのバッドステータスはつきにくい。


「燃えるぜェ」


 スレッジハンマーを構えたセコは、突進してきた鎧竜の横に回り込むと、その腹を一撃した。


 しかし甲殻を砕いている腹は急所が露出しているのだが、真下というのはセコでも攻撃しづらい。毒づかされる。


「いきり立って前足でも上げてくれればいいんだけどな」


 もし腹の急所をさらす事になれば、その時こそヨウがチャージスピアを叩き込んでくれるはず……というセコの考えは、モモも同感だったらしい。


「バッドステータスは回復魔法じゃなく、治癒魔法がいります。こっちへ!」


 手を振りながらモモが走るのだが、回復役とてヘイトを稼いでしまっている。ヨウとモモが揃うと、鎧竜の視線はセコから離れかけてしまう。


 セコがもう一度、声を張り上げ、挑発しようとするが、


「貴様は、私の相手をしてるんだよ!」


 これは声ばかりで不発になる。スキルは再使用できるまでリキャストタイムが必要だ。


 鎧竜の目が完全にモモとヨウへと向いてしまう。


 ヨウは足を止めた。


「来るなら――」


 2度目の戦闘不能を覚悟したヨウは槍を構え、スロットルを回す。防御態勢ではなく、チャージスピアで迎え撃つのは、分の悪いギャンブルであるが。


 しかしヨウの眼前に青い影が舞い降りた。


綾音あやねさん……」


 一瞬、静止したヨウに対し、綾音は自分の肩越しに目を向けて、


「そのギャンブルは、分が悪い」


 チャージスピアを使うなら、セコが考えた通り、鎧竜を後ろ足だけで立たせた時だけ。


 ならばどうするのか、という質問は、ヨウから出てこなかった。


「手があるんですね?」


 セコをしのぐ攻め手だと聞いているヨウは、綾音が策を持っていると確信している。


 綾音も少々、面食らってしまうのだが、


「……私を信じられるなら」


 ヨウが自分の見立て通りの少年である事を感じ取れた。


「信じます!」


「なら、鎧竜が突進してきたら決められる」


 小太刀を背の鞘へ戻した綾音は、両手で複雑な印を結んでいく。


 グライダーを上空へと飛ばした魔法を、最大限までHPを消費してしまう事と引き換えに攻撃へと転じさせるつもりだった。


 だが魔法攻撃も、現在のArms Worldでは用いられる事はない。水平発射できる魔法は基本的には弱く、高威力の魔法は、頭上から降らせるか、足下から立ち上らせるか、その2パターンしかないからだ。


 ピンポイントで発動する魔法を移動しているモンスターに当てるのは至難の業であるし、第一、発動までにはタイムラグが存在する。


 攻撃力そのものは大型爆弾に匹敵しても、使い勝手は遙かに悪い。


 ただし突進してくる時ならば、この条件をクリアーする事も不可能ではないが、綾音も表情に緊張感を走らせる。


 ――もも姫に行くか、セコさんに行くか、私に来るか。


 鎧竜の動きは確実性に欠ける、と綾音も思っていた。


 これもまた分の良いギャンブルとはいえまいが、そこはヨウに閃きが起きる。


「確実に、突進してくるようにすればいいんですね?」


 確認するような口調であったが、綾音の返事を待たずにヨウは回復薬を一気に飲み干した。


 HPを急激に回復させるという行為は、何よりもヘイトを稼ぐ。


「……」


 ヨウを一瞥した綾音は、突進してくる鎧竜へと視線を移す。


 到達時間は目測、そして魔法が発動する時間の計算は、綾音独特のルーティンがある。


「アシャアシャ、ムニムニ、マカムニムニ、オウニキウキウ、ムカナカキウキウ、トカナチコ、メカナチタナチ……」


 これはArms Worldの魔法とは無関係である。


「タアタ、ナタナタ、リウツ、リウツ、キウキウツル、キニキニキニ……」


 真言は、綾音が成り切りキャラだからだ。


「イリマリマ、クマ、クマ、キリキリキリ、キリ、ニリ、ニリ――」


 いつも同じ調子で唱えれば、全て同じ時間で言い切れる。


「――マカニリソバカ!」


 綾音は魔法の発動までの時間と、鎧竜が到達する場所を一致させた。


「我が必殺の戦術・天誅! 大元帥だいげんすい神風じんぷう!」


 鎧竜の下から、恐るべき鋭さを伴って疾風が舞い上がる。


 ゲーム内の風魔法であるが、綾音の姿と重なれば宛ら必殺の忍法にも見えた。


「ガアアアアア!」


 一際、大きな鎧竜の悲鳴は正しく断末魔。


 ――Critical!


 全員のHMDに必殺を知らせるメッセージが表示されたのだった。


「すっげ……」


 槍のチャージ突きやスレッジハンマーのブースト攻撃も派手だが、綾音の魔法は一際、ヨウの視線を奪う。


 ここまで綺麗に決められると、セコも脱帽だった。


「お見事、お見事」


 おちょくったり茶化したりという感情を含まず拍手を送るのは、セコだけでなくモモも同様。


「流石、あや姉様ねーさまですわ」


「……」


 綾音が黙って肩を竦めたのは、今、倒した鎧竜の残した素材に対して。


「強い訳ね。金の頭蓋骨が出てる」


 鉱山に巣を作るという設定であるから、鎧竜の身体は鉱石でできているが、この鎧竜は鉱石ではなく金属でできた骨格を持っていたレア種だったという事だ。


「ツイてるんだか、ツイてないんだか」


 ヨウを連れて狩るには不適当な獲物だった、といいながら、綾音は金の頭蓋骨をヨウへと投げ渡す。


「ようこそ。私も今、正式にヨウさんを仲間だと認めるわ」

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