第18話

 その二言三言を交わしただけであるが、ジョシュアがどういう為人ひととなりかはわかる。


 悪い人間では決してない。積極的にコミュニケーションを取ろうとし、ヨウも人見知りせずに済んでいるのだから。



 ただし間違いなく灰汁アクが強い。



 ジョシュアはいう。


「日本語を勉強したいんでスよ。馴染んでいかないとって、いっつも思ってマス」


 それにはフルダイブ型VRゲームというのは、悪い選択肢ではない。ゲームだからこそ馴染みやすい点は多々ある。


「だから、オカシラから色々と教えてもらってマス」


 その選択は間違っている場合が多いというのも、今し方、証明された。


「だからって、やらないか? は、ないでしょう……」


 ヨウは肩を落としてセコを見遣り、セコは、


「悪い悪い。すまないね」


 こちらも「まさか、こうなるとは思ってなかった」というが、ジョシュアはまさかと思っていない。


「他にも、最近の日本語を教えてもらいましタ!」


 胸を張り、



「萌え~」



「は?」


 理解できないと目を瞬かせるヨウであるが、ジョシュアは小首を傾げ、


「ツンデレ!」


「待て待て待て!」


 また変な方向に流れているのは明白であるから、ヨウが慌てて割り込むも、


「メイド喫茶!」


「それは絶妙に古い!」


 もういいとジョシュアを黙らせたヨウは、ここまで自分を導いてくれた恩人とはいえ、セコの方を向き、


「絶対、ヤバい事、もっと教えてますよね?」


「自覚はないんだけどなぁ……」


 セコも冗談の類いでいった事なのは間違いない。


「HaHaHa」


 ジョシュアは先程、ヨウから教えられた笑い方をし、


「ところでヨウというのは、太陽のヨウ?」


「あ、はい。そう」


 本名に陽の字が入っているから使ったものものだ。


「では、サンボーイと呼んでいいデスか?」


 大学へ留学しているという事は、ジョシュアの年齢はヨウよりも上だ。あだ名で呼ぶのは構わない。


「構いません」


「敬語はいいでスよ。気軽にジョッシュと呼んでほしイ」


 これはモモにもいわれた事だが、ヨウの性格では常体で話し続けるのは抵抗がある。


「あァ、ジョッシュ。慣れるよう、努力するよ」


 もう一度、二人はがっちりと握手を交わし、その握手を解かないままジョシュアは明るい笑顔を見せ、


「で、サンボーイの装備を、おやっさんが作ったってコト? なら、できた装備を試しに行くのはどうだろうカ? 力試し、腕試しだヨ」


 その提案には、皆、異論はない。


「いいですわね~。行きましょう、行きましょう」


 特にモモが飛びついた。


「お兄ちゃん、飛行機まで足りない素材は何ですか? ドラゴンドロップは持ってるから、後は装甲とか金属部分とかくらいですか?」


 ヨウが念願の航空機を持つまで、あと一歩のところまで来ている事を知っているからだ。


 しかし、二人の間にイーグルが割って入る。


「待て待て。ドラゴンドロップは1つしかないじゃろ? それじゃエンジンが1基しか作れん。二発なら、もう一個、ドラゴンドロップが必要じゃ」


「えっ……と?」


 ヨウがイーグルの言葉を理解できたのは、半分くらいだ。


「一発? 二発?」


 その意味が分からが、小首を傾げているヨウに、セコは自分の愛機を写したスクリーンショットを示し、


「エンジンが一基だけなら一発。二基あるなら二発っていい方をするんだよ。どっちがいいって話じゃない。向き不向きもあるし、デザインは全然、変わってくる」


 そのスクリーンショットを覗き込むモモは、先日、助けてもらった時はゆっくり見られなかったセコの愛機に笑みを見せる。


「お姉様の飛行機は、二発ですね」


 改めて見ると、赤と白に塗られたセコの戦闘機は、火竜を思わせる頼もしいシルエットだった。


「うん。二発。重くなるから加速は悪くなるけど、最高速は伸びてくれる」


 助っ人として飛び回る戦闘を想定しているセコは、潜在的なパワーを必要とするからだ。


「もも姫は一発だったね」


「はい、私のは一発です。軽戦闘機ですから」


 モモはやはり、空の上でも支援戦闘を得意とするようだ。


 そこまで告げると、他の面々も自分がどんな方法で空を飛ぶかを順にいっていく流れになってしまうようだ。


「ワシはジェットとプロペラのハイブリッドに乗っとる。ターボプロップ式といってな。それを2基。急降下爆撃が得意じゃよ」


 イーグルは、そう。ドッグファイトをせずに爆撃を中心に考えるのは、今、Arms Worldで主流となっている戦法であるが、プロペラとジェットの複合機というのは趣味装備だ。


「ボクは、エンジンは二基。グレー塗装だけど、尾翼の一部だけを黒くしてるんダ。可変後退翼を使って、足が地面から離れた瞬間、全開戦闘がボクの目標サ!」


 これも趣味装備だ。


 そして趣味装備が揃うと、これが一層、ヨウを悩ませる。


「そういわれると、迷う……。どれも格好いい……」


 自分が乗りたいのは、乗れるとするならば――、やはりセコの愛機に目が向く。


「セコさんの、やっぱ格好いいです」


 やはりログインして初めて見た航空機であり、そしてヨウとモモが何とか撃退するしかなかった鎧竜を追撃した時の頼もしさは、ヨウの中で最も強い印象を残している。


「ありがとう」


 セコが満面の笑みを見せると、


「そうダ!」


 ジョシュアがパンッと手を鳴らし、大きな音を立てて注目を集めた。


「飛竜退治はどうだイ? 航空機の許可が下りるのは、飛竜の討伐と、獣人の巣から紋章を取ってくる事だ」


 ジョシュアの提案は、


「ドラゴンドロップを狙いながら、そのひとつをクリアしてしまう。どうだイ?」


 一石二鳥を狙おうというのだ。


「飛竜と戦闘機のドッグファイトは、発売当時、Arms Worldの華だったよね」


 楽しかった過去を思い出すセコの横で、モモは綾音に近寄っていく。


あや姉様ねーさまなら、飛んで逃げようとしたら、首を一刀両断にしてくださいますわ」


 鎧竜の尻尾を斬り飛ばした一撃も、ヨウの記憶に鮮明なものとなって残っている。


「がんばる」


 綾音がヨウを真っ直ぐ見る事ができたのは、綾音がヨウを苦手な男子とは違う存在だと認められてたためだ。


「俺も、援護します。隙を突いて攻撃もします」


 ヨウは新しくなった防具と、ここまでの視線を切り抜けてきた槍、次戦で窮地に陥る事があれば切り抜ける切っ掛けを作ってくれるであろう短小銃を握りしめた。


「そうだ、サンボーイ。アヤネに、苦労かけるわけには行かないゾ」


 そういうジョシュアは、気付けば先程から綾音の方を見ようとしない。露出度が高いサブカル系くノ一の格好は、見ていて照れてしまうらしい。


 しかし、それは綾音としては迷惑だ。


「そうされるとこっちが気になる」


 ゲームの中なのだから、わざとスカートをまくるような下品なマネをしない、というのが綾音の言い分だ。


「そうカ?」


「そう」


 綾音は心持ち、強く息を吐き出したが――、それはすぐに息を詰まらせる程の笑いになってしまう。


「そういえば、日本で聞いた事があル。こういう時は……ソウ!」


 ジョシュアはポンと軽く手を叩くと、



「パンツはいてないから恥ずかしくないもん!」



「待て! それは違う!」


 ヨウの慌てたツッコミが、ミッション開始前の最後の笑いになった。

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