第11話

 8枚の翼を持つセコの愛機は、今だけでなく、今までのArms Worldでも非主流である。速度によって翼の角度を変える可変翼は、旋回半径を小さくする事にメリットがあるが、如何いかんせん重い。軽快な加速や減速には不利になるし、また地上のモンスターに爆撃する事をメインの役割にされている航空機にドッグファイトの要素は無駄と思われているからだ。


 そもそもドッグファイトと爆撃の両方をこなそうというのは不条理であるから、セコの愛機こそ究極の「趣味装備」といえる。


 しかしセコはいう。



 ――どっちも可能な機体なら、どういう状況でも手助けできる。



 もう少しタイミングが早ければ、ヨウとモモに襲いかかろうとしていた鎧竜に爆撃できたし、モモが露出させた鎧竜の急所を、ヨウが外してしまった時、銃撃を加える事もできた。


 セコは「遅刻した」と苦笑いしかない。約束していたわけではないにしても。


 だが手遅れという訳ではなく、今、逃げだそうとしている鎧竜の追撃もできる。


 ――最適解がどれかは、知らないけどね。


 操縦桿を握る右手を固定し、左手で掴んでいるスロットルを開く。


 加速と連動する主翼が、機首と翼端で三角形を描くまで後退し、ややあって――、


「ハハッ!」


 セコが思わず出した声を掻き消すように、ドンッと落雷のような音が発生した。


 ソニックブーム。


 時速1200キロを突破したセコの愛機が、矢となって音の壁を貫いた事を意味している。


 Gこそかからないが、速度が上がった事による視野しや狭窄きょうさくと、エフェクト効果によってプレーヤーの視界が狭まってしまう事も、ドッグファイトが非効率的と断じられた理由でもあるのだが、


「逃がさないよ」


 ハッキリと見えるのはソフトボール一個分くらいになってしまっても、セコは視界の中心に鎧竜を捉え続ける術を身に着けている。


「ちょっと小突かれたくらいで、手が届かない空へ逃げ出すヘタレがさぁ」


 酷い毒突どくづき方だが、これもセコのキャラクターというもの。ヨウとモモが鎧竜討伐の依頼を受けていれば撃退も成功に含まれ、クリア報酬に鎧竜由来の素材が手に入るが、そうでない今の状態では、鎧竜を逃しては素材は手に入らない。


 ――どこに落ちるかは、ちゃんと見ててね。


 ヨウとモモへメッセージを送ると共に、セコは操縦桿のトリガを引いた。


 重量級故に、決して軽快に飛べない鎧竜の背といわず頭といわず、セコの愛機から放たれた機銃が貫いていき、鎧竜に断末魔をあげさせる。


「――!」


 コックピット故に鎧竜の断末魔など聞こえていないセコは、墜落していく鎧竜を余所に、スロットルを緩めた。


 空に白い尾を引き、この軌跡を残して離脱するセコの赤い愛機は、青い空によく映える。



 ***



 その軌跡は、鎧竜の撃墜場所へ向かうヨウには目印になった。


「意外と近かった」


 しかし撃墜地点へ着いて尚、ヨウはセコが残した白い軌跡が残る空を見上げたままになってしまう。


 初めての危機を助けられた時にもあった、セコが駆る航空機の鮮烈な印象が、二度目の今日は、また一段と強い。轟音の正体が、音速を突破した時に起こるソニックブームだとは知らないのだから余計に。


 そして衝撃が強いといえば、モモの印象も同じ。


「ゲームで、移動に車が必要な距離を徒歩で移動させられる事はありませんわ」


 回復と補助に特化していると思っていたモモが、実は接近戦でも強さを発揮できるとは思っていなかったのだから。


「そういいながら、体感時間も違うんですけどね。私たちのスピードも、現実の人間よりはかなり速いですの」


 モモもヨウと同じく、セコが残して逝った白い軌跡を見上げ、指差す。


「ドラゴンが飛び立った瞬間なら、ジャンプ斬りしに行く人、チームにいますよ」


 そんな事をいったのは、モモが自分の見せ場をセコに奪われたと思った嫉妬からかも知れない。


「へェ」


 ヨウが視線を眼前のモモへ降ろすと、モモは軽く肩を竦め、


「お兄ちゃんも、早く飛行機を作れるようになるといいですわね。これからも、お手伝いしますよ」


 これは皮肉ではなく、モモの純粋なヨウへの好意である。

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