第10話
依頼を受けている状態での戦闘と、受けていない戦闘とでは違いがある。
依頼を受けていればパーティメンバーの戦闘不能回数が3回になった所で失敗となるが、何も受けていない状態でフィールドに出て遭遇したモンスターと戦闘になった場合は、1回の戦闘不能で最寄りの街への強制送還されてしまう。
その場合、街に出る前の状態に戻される。
つまり今、モモと一緒に集めた素材は全てロスト――。
その状況は、ヨウに一言、吐き出させる。
「ありえないね!」
しかし、すぐさま起き上がろうとするヨウは、起こそうとする身体に異様な重さを感じた。
重傷を負っているという演出である。
――ヤバイ!
ヨウが回復薬を用意し、それを使おうとするのだが、モモの鋭い声が制す。
「待って下さい」
ヨウが回復薬を使用するより早く、モモから回復魔法が飛んでくる。
だが、それはヨウの声を荒らげさせた。
「もも姫!」
モモの行動が意味するのは、鎧竜の狙いがモモに集中するという事。またArms Worldの魔法は、HPを消費して発動させる。ヨウを全回復させたとなると、モモのHPは底を突きかけているはず。
しかしモモは慌てる事も、恐怖する事もなく、
「心配ご無用です」
魔法使いを思わせる赤いケープを脱ぐ。
「さぁ、来なさい!」
キャミソールを思わせる薄手の上着だけになったモモは、そのケープを突進してくる鎧竜へと投げつけた!
それで目眩ましできるシステムはなく、ただ格好だけのアクションであるが。
モンスターに対しては意味のない行動だが、そのポーズにヨウが懐く印象は挑発ただ。
「もも姫!」
手があるのかと目を見開くヨウの心配は、
「私も、お姉様と同じくらいベテランなんですよ?」
突進してきた鎧竜に対し、モモが取った行動は……、
同じく突進!
――何を!?
ギョッとした顔をするヨウには、それは無謀な特攻にしか見えない。
「武器もないんだよ!?」
思わず叫ばされたヨウであるが、モモは心外だとばかり鼻を鳴らす。
「ありますわ」
鎧竜へ放たれたのは、拳!
確かに格闘攻撃も存在している。鋲打ちした重グローブから、魔法によって炎や稲妻に指向性を持たせて拳に乗せる戦法もあるのだが、モモが繰り出したのはそれらを全く無視した素手だ。
素手――ヨウの表情が益々、困惑する。
――効果は?
鉱物と金属の塊に見える鎧竜に対し、モモはあまりにも貧弱に見えてしまう。小柄なモモの拳など、ヨウには効果的な攻撃には見えていない。
しかしモモはいう。
「素手には利点がありますの」
無策、無謀ではない。
「素手は攻撃力なし扱いですが、どんな防御力を持っている相手に対しても、0から4のランダムでダメージを与えられます。そして素手攻撃は、攻撃直後の硬直が極めて少ないんですの」
まともに聞けば焼け石に水。0から4までのランダムという事は、与えられる平均ダメージは2だ。それを焼け石に水といわずして、何というのか。
しかしモモは鎧竜の懐へ飛び込んでいく。
「できますよ。一撃一撃が弱いなら――」
攻撃に転じたモモは小柄であっても、貧弱、貧相などという言葉とは無縁だ。
「100発、
モモは自らに魔法を使用する。全ての魔法はHPを代償にして発動するが、魔法の使いすぎが原因で戦闘不能になる事はない。HPが1になったら、もう回復魔法も攻撃魔法も使えなくなるのだが、
「例外が一つ、ありますの」
モモが今、使っている魔法は、HPが1でも使える。
「スタミナを回復させる魔法は、HPが1でも使えます」
即ち今のモモは無限に攻撃、回避行動を取る事が可能。
そして心得ている。拳を強振しようとしまいと、拳が当たればダメージになるのだから、拳はできるだけ素早くコンパクトに、そして突き出す事よりも引き戻す事を主眼に動く。
突き出した右拳を引く反動で左拳を突き出し、左拳を引く反動で右拳を突き出す。
身体の軸は、肩から骨盤、膝へと伸びる二本を意識し、
「おっと」
回避は軽くジャンプして、着地した瞬間に跳ぶようにして行う。ゲーム内でも筋肉の収縮が起こるのは、銃器や大剣の反動を再現するためであるが、運動機能を上げる効果もある。
身体の軸を意識しているモモは、それを片足に集約する事によって、一歩、敵よりも早く動く。
稼いだ一歩で一撃、その反動で二撃、相手が体勢を整えようとする隙を突いて三撃――、
「正拳……裏拳、肘打ち、りゃあー!」
高い声と共に攻撃を繰り出すモモは、自身がいった通り、本当に100回、いや1000回でも10000回でも攻撃を続けるつもりだ。
「敵の攻撃範囲に留まる限り、私の攻撃は必ず当たりますの。逃げずに避け続ければ!」
それがどれだけ難しいかは、ヨウでもわかる。
HP1でも使えるが、制作側が想定していた事態は、その状態から連続回避で味方の元まで逃げて、回復させて死地を逃れる事だった。
それが無限に回避と攻撃ができると考え、こんな事を始めたプレーヤーはまずいない。いたとしても、今やもっと効率的な戦法がいくらでもあるのだから、
「私はもも姫」
喪われた格闘戦技を見せるモモは――、
「百烈拳の姫、略して
今の姿こそが、真の自分である。
「お兄ちゃん、鎧竜の急所を露出させるから! 狙って!」
「!」
ヨウの意識が自分の槍へ向く。ランバージャックを倒したロマン攻撃――チャージ突きだ。
「ああ!」
ヨウがハンドルを回し、炎が上がる。
「セカンド・イグニッション」
炎は青へ。
「アドバンス・サード」
青から白へ。
「フォース・デトネイション」
白から光へ――!
その光を視野の片隅に入れたモモの拳は、遂に鎧竜の外殻を砕く。
「りゃあー!」
キラキラと燐光になって散る燐光を浴びながら、モモは拳を鎧竜に、声をヨウへと向けた。
「腹、胸、喉――お願い!」
モモは目がくらむような思いがしている。凄まじい集中力を必要とする百烈拳は、モモを限界まで追い込んでいた。
ヨウも今は、これが見た目ほど楽勝でない事を理解できる。
「ファイナル・アルター」
光から輝きへ変わったチャージスピアの穂先を、ヨウは――、
「もも姫ーッ!」
モモがこじ開けてくれた血路へと、投擲したのだ。
輝きを
鎧竜から大きな悲鳴。それを聞いてモモは鎧竜から離脱した。
「やった! やりました!」
ヨウへと駆け寄り、その胸に顔を埋めるモモだったが、見上げた先に、ヨウの笑顔はない。
「ダメだった」
まだ鎧竜は生きているのだ。
外殻が砕けて露出した急所に槍を突き刺されたが、浅い。
半死半生の姿であるが、ドラゴンの生命力は鎧竜を立たせている。
だがモモは、軽く首を横に振った。
「いいえ、多分、逃げますよ」
モモの言葉通り、鎧竜の背に翼が広がり、
「くぅっ!」
羽ばたきが起こした風に、ヨウも顔を背けてしまう。
その風に乱される髪を押さえながら、モモはふぅと溜息を吐いた。
「惜しいですけど、私たちも逃げましょう。鎧竜の素材は勿体ないですけど、今はこれが精一杯ですわ」
お互いボロボロだ、とモモはいう。飛んで逃げる鎧竜を追跡して、そこでもう一度、戦う余力はなかった。百烈拳は、純粋な技術介入。パラメータでどうにかなる存在ではない。
モモにいわれれば、ヨウも「そうか」と納得するしかない。
「惜しいっていってられないね」
だが同感だと頷き合った二人に送られてくるメッセージがある。
――いいや、そのまま無事に降ろす訳がないよ。
送り主はセコ。
次の瞬間、真っ赤な航空機が二人の頭上で爆音を放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます