第3章「nun・もも姫」

第7話

 リーダーのセコ曰くチームのルールは一つだけ。



 ――ゲームをするんじゃなくて、



 改めてヨウが思う事は、「単純なようで難しい」だ。


 スタート直後や世界観が拡大中のソフトではなく、もう円熟期に入ったゲームである。ヨウがされたように「初心者お断り」というプレーヤーは珍しくなく、また確立されている装備を限定して募集する事も常態となっている中だ。


 このArms Worldには、嫌われる三大要素というものが存在する。


「趣味装備、初心者、成り切り、なんでもいい、か」


 それをヨウも後日、知った。


 初心者が嫌われるというのは実体験したし、効率的な装備が絞られている今、趣味装備が嫌われるのも理解できる。


 そして、装備が整っており、熟練といっても嫌われるのが、前回、助けてもらったメンバーだ。


 ――もも姫さんも、嫌われるタイプなんだろうな。


 まるで装備が整っていないヨウを一度も戦闘不能にする事なく、レアなモンスターを倒したのだから、セコとモモの相当な腕を持っているのだが、モモが嫌われる理由も何となくわかってしまう。


 ――イタイ。


 現実では絶対にしないであろう口調で話す。服装も、ゲームであるから現実のTPOなど考える必要はないが、それでもステレオタイプの代物である事と相まって、嫌う者は嫌うと想像できる。


 そう思って見る部屋――セコが「部室だよ」というチーム専用の一軒家は、セコの姿勢は言葉と一致している事を示しているかのよう。


 セコはいった。


 ――そんなコンセプトのチームだから、人数は少なめだけどね。


 セコが用意した部屋は、中央に大きなテーブルを備え、大きめの窓には磨りガラス、隅におやつでも入っていそうな棚、それぞれのロッカーをイメージした収納家具を並べている。



 これはセコのいう通り「部室」だ。



 何部という訳ではないが、学生時代をイメージできる者にとって、あらゆる要素をピックアップして作った空間は、そうとしかいえないくらいにも感じる。


 その雰囲気が馴染むのは、ヨウも憧れを刺激されるところがあるからだろう。


 ――みんなで集まって、バカな事をする場所。


 椅子に腰掛けたヨウを、ガラス窓から入ってくる陽の光が、落ち着いた気持ちにしてくれた。


 そして落ち着けば、首をもたげてくる。


 ――そういえば、このゲームは公序良俗に違反しないよう、結構、制約がかけられてるんだったっけ。


 どれだけ薄着になろうとも、裸になる事はできない。下着に見える装備もあるため、それを着て踊るという遊び方をする者もいるが、そこが限界だ。


 言葉も同じで、あまりにも不適切な単語ばフィルターがかかり、発音そのものができなくなる。


「セッッッ」


 試しにヨウが口にした言葉は、最初の一文字しか発生できなかった。


「セッッッ、セッッッ」


 そうやって何度も試していると、この部室でバカバカしい作業をしている事に笑いが込み上げてくる。


「チンッッッ、チンッッッ」


 いよいよ可笑しいと笑い出した。


「そうか、なかなかしっかりしたフィルターじゃないか」


 先日の、自分では手に負えないノートリアスと戦った時よりも、ある意味にいてイイ顔をしていたに違いない、とヨウは自覚する。


 そしてフィルターといっても、人が作ったもの。


 完璧はありえず、また「何でそれが?」と思うものも存在している。


 それに加え、この世界は――ゲームの話ではなく、60億を超える人類が住まう地球上という場所では、魔が差すという言葉もあるのだ。



 悪い事を仕様としている時は、悪い事が起きる。



「ちんぽぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「こんにちは~」


 男性器の幼児語を絶叫したヨウの声に重ねられた挨拶は、モモの声だったのだから。


「……」


「……」


 青い顔をしてヨウが入り口へと目を遣ると、モモはドアを開けたまま固まっており、


「……」


 顔だけは固まったままの表情で、スーッと後退りしていった。


 パタン……と軽い音を立ててドアが閉まった後、大きく深呼吸する時間だけ置いて、ヨウのゴーグルにメッセージが表示される。


 ――お兄ちゃん、何か……溜まってますの?


「溜まってません! 溜まってませんから!」


 ヨウは慌てて出入り口のドアを開けた。



 ***



 事情を説明すると、モモは笑い出す。


「確かに、このフィルターは、おバカなんですの。例えば……」


 その一例を、モモが挙げる。


「待ち伏せする人っていう意味の単語、わかりますか?」


「アンブッシュにerつれるから……アッッッ……はあ!?」


 ヨウの慌てた様に、モモはまた一層、可笑しそうに笑い出す。


「ゲーム内に登場しない単語なら兎も角、アッッッってモンスターがいるから始末に負えないですのよ」


 そんな状態であるから、迂闊にフィルターを擦り抜ける言葉があるというのは、モモも知っている事だった。


「続けてたら、もっともっとおバカだなって思う事、いっぱいありますわよ」


 モモは「おバカじゃない運営なんていません」といいながら、一頻ひとしきり笑う。


「でないと、エクスカリバー構えてる剣士の横に、バズーカ砲担いでる傭兵がいたり、その援護を受けながら奇襲を仕掛ける忍者なんてゲーム、どこも作りませんわ」


 そして笑うといえば――、


「うちのチームにも外国の方がいますから、すぐに思うかも知れませんわ」


 こういったネタが得意なメンバーもいるという事を教えた。


「海外の人もいるんですね。でも当然か。日本だけでしか展開してないオンラインゲームってないですよね」


「昔は、北米、日本、東アジア、欧州と分かれてたらしいですの。ずっと前ですけどね」


 今や区別していては非効率的になっているのだが、チームにいる外国人は、そういう理由ではない。


「ただ、チームにいるのは、留学生だっていってましたわ。大学に通ってるって」


 そういってから、モモは「あ」と失敗したというような声を出した。


「その人に会っても、私から聞いたという事、内緒にしてて欲しいですの。このチームの禁止事項に、自分で語らない限り、学校とか仕事とか詮索しないっていうのがありますから」


「あぁ、それは大丈夫です」


 口は硬い方とまではいわないが、殊更ことさら、言い立てたい方ではないのがヨウだ。


「何となく、わかります。成り切りとか趣味装備とか認めるって事は、今、ゲーム内で見ている相手が、その人の容姿だし、役目なんだって思わなきゃって」


 ヨウが今までに心得てきたことのひとつが、それだ。モモならばセコにいわれた通り「もも姫」として扱うべきなのだ、と。


「ありがとうございます」


 モモはスカートの裾を摘まんでお辞儀した。


「そしてルールとえば、部室にある素材で必要なものがあれば、持っていっていいって事になってますのよ」


 ロッカーを開けてもいい、と促すモモ。


「いいんですか?」


 聞き返したヨウへモモは鷹揚に頷き、


「レア度が高いと受け渡しができないので、それなりのものしかありませんけど」


 前回、ヨウが手に入れたくらいのアイテムや素材は自分で手に入れるしかないが、それ程でもない受け渡しができる素材は、共用のロッカーに入れている。


「遠慮は不要ですわ。でも気になるというのなら、二つ取ったら一つ入れるくらいのつもりでいればいいですの」


「あぁ、それなら」


 といってロッカーに手を伸ばすヨウだったが、開けようとしたところで止まる。


「でも俺、からけつでした」


 またモモが笑った。


「なら、一緒に何か取りに行きましょうか」

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