第6話
Arms Worldでチャージスピアは人気のある武器ではない。ロマン突き――溜め攻撃がある分、通常の攻撃力が低く設定されているからだ。サービス開始直後ならば兎も角、効率を重要視する今の風潮では嫌われる原因である。
現実であれば、動物の胸は重要な臓器が詰まっている箇所で、心臓に当たらずとも、肺でも太い血管でも傷つければ致命傷になってしまうが、ゲームに於いては違うというのもチャージスピアには不利に働く。
急所は正確に貫かなければ必殺とはならない。
そしてチャージスピアが最大攻撃力を発生させられるのは一撃。
その一撃で急所を、しかもピンポイントで貫く事が、今のランバージャックを仕留める条件だ。
セコの槍を持ち立ち向かうヨウも、必殺を確信している訳ではない。
だからモモは悲鳴をあげる。
「逃げてって!」
モモを焦りが支配していた。ただし戦闘不能の累計回数が3回にならない限り失敗とはならない。だが、モモは「だったら一度くらい大丈夫」などと考えていないからこそ出てしまうネガティブな感情だ。
ヨウは完全回復していない。
それは一度の攻撃で戦闘不能になるという事。
セコが走ってくるのが二人からも見えていたが、攻撃と移動が同じスピードは有り得ない。
セコが割り込んで庇うのは不可能だった。
ランバージャックの眼前で槍を構えるヨウは、襲いかかってくるランバージャックの怒声にも負けない声を張り上げる。
「覚えてる!」
果たしてヨウの声は勢いに任せただけか、それともプライドが吐き出させた
ただ知識として、腹を下にして歩行する動物の骨格をおぼえていた。
――肋骨がなかった!
だから胴体に急所が設定されているというのは、
巨体であってもランバージャックはラプトルと同じ場所に急所がある。
それをヨウは……、
――覚えてる!
やはり、あれはヨウのブライドが切らせた啖呵だった。
ランバージャックの跳躍!
それは幸運である。紛れもなく。
ランバージャックの攻撃は、跳躍しない体当たりもあったのだが、跳躍してくれたのだ。
「おうッ!」
ヨウの喉から、短いが
チャージスピアに溜め込まれた爆発力が穂先に乗り、その輝きが必殺の一撃を導き出す。
「ぎゃあああああ!」
耳を劈く悲鳴と共に、HMDにアルファベットかが表示される。
Critical――致命傷を負わせた事を告げている。
「はぁ、はぁ……」
醒め得ぬ興奮と緊張感が、仕留めたという事実を
「やった! やりましたよ!」
そこへ体験を背に回し、セコも大きく手を上げてやって来る。
「お疲れ様」
どれだけリアルに見えてもゲームはゲームであるから、セコの顔はゲームで設定された以上の表情は映せない。
しかし、その作られた笑顔は――、不気味の谷を超え、ヨウに信頼をもたらせるものだった。
ヨウも笑みを浮かべ、
「すっげェ、楽しかったです!」
使うなとモモにいわれていたにも関わらず、使ってしまった回復薬で招いたピンチ。
それを切り抜ける武器を手にして勝機を見出し、
興奮しない訳がない。
「セコさん、計算して置いて行ってくれたんですね!」
「え?」
あからさまな期待を向けられると、セコは言葉に詰まった。
――槍と剣だと、剣の方が止めやすかったからなんだけど……。
セコに深い考えなどない。セコが捨てた武器をヨウが使うかも知れないという可能性は、少しは考えたかも知れないが、思い出そうとして「あったかもなぁ」という程度であるから考えていないも同然。
ただ大剣がメインの武器だからチャージスピアを手放しただけであるが――、
「そうそう」
セコはコクコクと頷くが、肯くまでの僅かな間がモモを吹き出させる。
「それは口から
すかさずセコの背を叩いたモモの顔には、「このお調子者っ」という笑みがあった。セコはケタケタと笑い、
「結果オーライという事で許してよ」
その笑顔をセコはヨウへ向け、続いて倒したランバージャックの方へ顎をしゃくる。
「それより――」
キラキラと空気に溶けていくかのように光の飛沫へ変わるランバージャックは、その消滅後に戦利品として素材を残していく。
革素材が出るのは狙い通り。
その中にあって、モモもセコも驚かせる輝きがあった。
「レア!」
思わずモモを叫ばせたのは、戦利品の中心にある輝き。
手に取るヨウも、知識こそないが、その輝きにモモがレアと叫んだ理由を察せられた。
「これ、宝石です?」
涙滴型の石でありながら、赤く縁取りされた周囲から中心へ向かって白いグラデーションに見えるのは、この世に存在しない雰囲気がある。事実、ゲームだからこそ作れる色使いである事は確かだ。
セコが「うん」と頷き、
「ドラゴンドロップ。ランバージャックの素材だと最高レアね」
レアモンスターであるランバージャックが落とす素材の内、最高のレア度を持つアイテムである。
ゲームを進めると珍しくはなくなってくる素材だが、初めての戦闘で手に入った状況は、モモから見ても珍しい
「このゲームでは
ドロップ――この場合は雫という意味の通りの形をしている宝石の説明をしていたモモは、「あ」と一言、呟いて目を丸くする。
「飛行機の動力なんかにも使えますから、一番、いいのが出てますよ!」
ヨウが目標としている装備を揃えるのに、最も近道ができる戦利品だった。
セコも笑いながら、ヨウの背を軽く叩く。
「幸先がいい」
続く言葉は、本当に一言だけ。
「お疲れ様」
一言に、緊張、開放感、思わぬ幸運……それら全てを凝縮してくれた。
「ありがとうございます」
礼をいうヨウが抱くそれら感情の凝縮を完了させたのは、モモが差し出した手。
「フレンドコード交換しましょう。飛行機ができるまで手伝いますわ」
さも当然という風に差し出されたモモの手は、ゲーム内で互いに直接、連絡を取れる機能の解放させるものだ。
「
聞き慣れない単語に首を傾げるヨウは「チーム?」と
セコは「そうだね」と一呼吸、置いてから、
「コミュニケーション系の機能で、部活やサークルみたいなのを作ってるの。ゲーム内でチーム内の連絡を簡単に取る機能でね。よければ来る?」
モモが水を向けてくれたのだから、とセコがヨウを誘うのだが、
「でも、僕、初心者ですよ? あんまり、いても戦力とか力にはならないかも……」
ヨウには不安がある。今日、一回目のパーティで「迷惑を考えろ」といわれたばかりなのだから。
しかしセコが出す言葉は、とても短い一つだけ。
「問題ない」
問題だと思うのならば、初心者の素材集めになど付き合わない。
「初心者、趣味装備、成り切り……うちは何でもアリ。条件にしているのは、ただ一つ」
ピンッと人差し指を立ててみせるセコは、おそらくは彼女が得意としているセリフであろう言葉を口にする。
「ゲームをするんじゃなく、ゲームで遊ぶ事」
今日、ノートリアスのランバージャックが現れた事への驚きと、ドラゴンドロップが手に入った事への感激を、「楽しい」と感じられるヨウには、十分な資格がある。
「じゃあ、お願いします!」
セコとモモが凝縮してくれた今日の楽しさは、ヨウにとって最大の癒やし、救いだったのだから。
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