第45話 半信半疑!? 明かされる事の顛末。事件の『裏側』
アルナの看護服姿なんて、多分二度とお目にかかることなんてないだろうし、今も瞼の裏に焼き付いて離れない。
「ミナトもオスだねぇ。俺様はお前が不能なんじゃねぇかと思ったぜ」
「いたいたいたいたい! やめてくださいって!」
含み笑いを浮かべてハウアさんは蟀谷をぐりぐりしてくる、控えめに言ってウゼェ。それに責めてオスじゃなくて男って言ってよ。
「……あやうく不能になりかけましたけどね」
「なんだそりゃ? 何の話だ?」
「……いえ、別に」
「なんだよ。いいから話してみろよ」
いや、あなた、話したら冷やかすでしょうっ!? ぜぇったい言わない!
と怪訝な目でハウアさんに訴えていたら、視界の端に右往左往したレオンボさんが見えた。
相変わらずよれよれの外套を羽織って、奥さんは何も言わないのかな?
「あれ? レオンボさん?」
「ん? あっ! おっさんじゃねぇか、どうした?」
「あ! ハウア、坊主、ここにいたのか。病室にはいねぇしよ。探したぜ」
「えっと、僕等を探していたんですか?」
「ああ、見舞いと一応、事の顛末ってやつを話にな」
レオンボさんから今回事件の結末について語られる。
まず倒壊した寄宿学校でミイラ化したヴェンツェルの遺体が発見された。
所持品から本人と特定出来たため、更に地下道の調査の末。状況証拠から、被疑者死亡で落着するらしい。
「それとな。あの大量の心臓喰らいなんだけどよ。調べていたら驚いたぜ」
そうだった。レオンボさんは心臓喰らいの製造に利用された死体の出所を洗っていたんだ。そしてレオンボさんから語られる驚愕の事実。
「死体売買ですか?」
「ああ、ただ今でこそ数は少なくなったんだが、昔は珍しくなかったんだぜ。元々は医学校の解剖学実習の為に取引されていたんだが。それでも未だかなりの需要があるみてぇだ」
50年以上前に法律が施行して解剖教師は免許制になったらしい。以後死体の学術利用は国の機関の管轄となったことでパタリと止む――筈だった。
「俺の方でブローカーを数名拘束したんだが、死体売買は軽犯罪。刑期はそれほど長くねぇだろうな。まぁ余罪もありそうだから、そっちで立件するつもりじゃあいる」
20聖紀に入ろうというこの時代で、レオンボさんもまさか耳にするとは思わなかったと肩を竦めていた。
「近年は目まぐるしい医療の発達で献体が足りなくなっているのも事実だけどな……」
と要領を得ない切り出しで語り始めたのは、現状の死体売買の実態について。
「どうやら無料で亡骸の一部を火葬し、残りを頂き、大量の遺体を確保する手口が横行しているらしい。何でも満足に葬式を出せない貧しい家庭をターゲットにしている」
倫理的、精神的な選択をするのが普通の感覚かもしれない。だけど金銭的に厳しい状況なら、提供という選択肢があっても可笑しくない。
「死体売買に限らず、アンティス――いや、世界には巨大な
「何だそりゃ? 要は泣き寝入りって話か? それともまた老婆心か?」
ハウアさんは睨みつける。
「いや、ただの注意喚起だ。そのうち本部に引き継がれるだろうよ。じゃあ俺はこれで、今日は結婚記念日なんでな――あぁ、そうだもう一つ」
レオンボさんは回れ右して帰るのかと思いきや、いつものしつこさを見せる。まぁ動けないし、長話に付き合うか。
「一応公園には近づくなよ。先日の竜巻と落雷の被害で未だに危険な状態にある」
あぁ……そういうことにされたんだ。
「あと最後に一つだけ。さっき病室に行ったらアルナの嬢ちゃんと、ありゃ
レオンボさんの問いに、僕は何も言えず肩を竦めると、含みのある笑みを浮かべてレオンボさんは――。
「そうかよ。じゃあ、今日は上がらせてもらうわ」
と今度こそ踵を返して帰っていった。
戻ってくると二人の緊張状態は解けていたんだけど。
それどころか一転して不穏な空気が漂っていたんだ。そりゃもドアの手前で分かるぐらい。
病室では見舞いに来てくれたのかグディーラさんがいて、その前に二人が床に座らされている。
なんだろうこの状況? 騒いでいたのを叱られているのか?
「あっ! ミナト! ハウアさん!」「ミナトさんっ!」
僕らの存在に気付いて、一斉に三人の視線が集まる。だけどその中に怨念に似た怨嗟の瞳をゆっくりと向けてくる方が一人。
「ハァ~ウゥ~アァ~」
背筋が凍る。最近あまり仮面で目元を隠さなくなったグディーラさんだけど。今日ほど以前のグディーラさんが恋しいと思ったことはないかも……。
「……アルナに変なこと吹き込んだのは……あなたねぇ~」
「さてと、ミナト、あとは一人で平気だな」
「う、うん……」
「サラバだ!」
「逃がすかぁっ!!!」
颯爽とずらかるハウアさんを追いかけ、グディーラさんが猛然と走り去っていった。
そんなこんなでベッドに戻ったんだけど、何故か二人から腕を絡められる。
まるで絶対逃がさないと言わんばかり、そう感じるのは……多分気のせいだと思う。
「あのぅ、二人とも……」
「なぁに? ミナト?」
「どうかされました? ミナトさん?」
二人とも笑顔なんだけど、どういうわけか本能的な恐怖を覚える。
ハウアさんに目で助けを求めているけど、顔に青あざを無数に抱えているので頼りになりそうにない。
グディーラさんはちょっと席を外すって言ってどっかいっちゃったし。はぁ……。
「手を握られていたらトイレにも行けないのだけど?」
「大丈夫だよ。ここに尿瓶があるから」
「修道女である私がお世話してあげますね。恥ずかしいですけど、任せてください」
「恥ずかしいのなら友達の私がやりますので、セイネさんはどうぞお帰り下さい」
ぐふっ! 友達という言葉が変なぐあいに心へ深々と突き刺さった。
……意を決して伝えたのに……遠回しだったのがいけなかったのかな?
「いえいえ、それを言うならアルナさんこそ。あとは私に。介護を素人にお任せする訳にはいきませんから」
「素人? 馬鹿にしないで、麗月の鍼灸術や薬術は2千年の歴史があるんだからっ!」
「それならイクシノ教だって紀元前から医療も介護も修道院で行われてきましたぁ~」
僕を間に挟んで火花を散らす二人。どうしていがみ合うんだろう。自分としては仲良くして欲しいんだけど――。
突発性片頭痛に悩まされていると、病室の外からグディーラさんの声が聞こえてきた。
なにやら誰かと話している様子。恐らく相手は……独特な低い声質の男性。
「失礼する」
現れたのは守護契約士をやっていれば誰もが知っている青い髭を蓄えた有角種の偉人。
後ろには書類を携えたグディーラさんが控えている。山が平らな船長制帽を被り、いわゆる海の男と言った渋くて威厳に満ちたお人。
その人を見た途端。倍に腫れあがっていたハウアさんの瞼が開かれる。
思わず僕も恐縮する。だってその方は自分の憧れの人物、その人だったのだから。
「――ネティスのおっさんじゃねぇかっ! なんでこんなところに来てんだっ!」
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