第46話 『憧れ』の人物の到来!? 言い渡される特別試験!?

 グディーラさんからネティスさんはいつも本部にいるって聴いていたから、お目にかかるのは二度目だ。立ち上がらないと失礼だよな。


 もう一線を退いてアナティシア大陸を統括する【理事】で【副会長】って肩書だし。


「いや、そのままで構わんよ。ミナト君」


「あ、はい……え、僕の名前?」


「支部長から話は聞いている。大変な騒ぎだったようだね。今日は本部の事情に君を巻き込んでしまったことについて一言謝罪したくてね。すまなかった。心より謝罪する」


 突然ネティスさんは帽子を脱いで、頭を下げてきたので虚を突かれた。


 やっぱり覚えてくれてなかったか。そりゃそうだよね。一杯仕事を抱えていただろうし。


 だけどそんなことのためにわざわざ来てくださったのか。なんて律儀な御方だ。


「いえ、謝らないでください。望んでやったことですから」


 むしろ自業自得なので、謝られたら返っていたたまれない。


 場の雰囲気を察してか、「それで私はこれで」と言ってセイネさんが席を立った。


 それを見た僕は「お見舞いありがとうございます」と軽く会釈をして見送る。


 去り際に彼女から笑顔で「また来ますね」と耳打ちされたのには正直ドキッとした。もちろんアルナの鋭い視線との両方でだけど。


「ミナト、それは違う。私の事情にミナトを巻き込んでしまっただけだよ」


 またアルナはそんなことを言うんだから。


「ネティス副会長。彼女がアルナです」


 ふとグディーラさんがネティスさんへ口添えするように、アルナのことを紹介した途端。なんだか室内の空気がなんかこう肌に迫るような想いがしてくる。


「……アルナ……そうか、君がアルナ……君か」


 何だ? ネティスさんがアルナを見る目。なんだか不思議な感じ。


「お、お初にお目にかかります、ラウ阿爾娜アルナと申します。以後お見知りおきを、えっと……」


 仮にも商家の令嬢らしくアルナは優雅にお辞儀をするので、少し面食らう。


「あ、あぁ……これは申し遅れた。私はネティスという――しかし君のその恰好は? 報告と違うようだが……」


「ええ、これはハウアさんが用意してくださったもので……えっと――」


「なに、ハウアが?」


 ハウアさんの肩が跳ね上がる。ネティスさんは厳かにじぃっと睨みつけ――。


「副会長?」


 グディーラさんの呼びかけに我に返ったかのように咳払い。なんだ?


「……まあいい。ハウアには追って処分を下す――ところでミナト君」


「は、はいっ!」


 突然話を振られ、心臓が飛び出そうになる。まだ全身が痛いというのに。


「君にはB級への昇格試験の受験資格を与える。その気があるなら来月20日にエレネス王国首都で行われる選抜試験に参加した給え」


「えぇっ!? そんな! どうして!?」


「不服かね?」


「いえ、そういう訳では、この前C級になったばかりなので。いくらなんでも早すぎるのではないかと……」


「なんだぁ? ミナト、もう受かると思っているのか?」


「あ、え、いや、そういうわけでも……」


 ハウアさんに指摘され気付いた。あくまで受験資格を得ただけなんだよね。うん。


「まぁ、受けるだけ受けてみてもいいんじゃない?」


 それもそうだ。挑戦するだけして落ちたら学習だと思って次に生かせばいい。うん、やるだけやってみよう。


「詳細は支部長から聞くといい、では私はこれで――」


「待ってください!」


 突然アルナが立ち上がり、ネティスさんを引き留めた。


「何かね?」


「……私を協力者として引き続き働かせてくださいませんか? もしくは守護契約士の資格を――」


「私にその権限はない」


 強圧的な口調にアルナは口にしかけたものを飲み込み押し黙る。


「君との契約は切れている。学生は学生らしく勉学に勤しみなさい。勉強こそが君の今の仕事だと私は考えている。前途ある若者が進んで危険に身を投じる必要も意味も無い」


 それを言ったら僕はどうなるんだ。


 けどなんだか自分から離れようとしたアルナと似たような台詞。


 まるでもう関わるなって聴こえる。いやネティスさんは多分そう言っている。


「ネティスのおっさん。そいつは無ぇんじゃねぇのか? 守護契約士の道は万人に開かれている。選択権はアルナの嬢ちゃんが持っている。違げぇか?」


 守護契約士は試験に合格すれば誰でもなれる。けど象気を使えない一般人には絶対に無理。そういう風に出来ているって気付いたのはごく最近だけど。


「お言葉ですが、ハウアの言う通りだと思われます」


 更にグディーラさんがネティスさんに耳打ちをすると、酷く渋い顔をして唸り始めた。いったい何を話したんだ?


 アルナが協力者に成りたいと申し出た時もそうだけど。いやその時以上にアルナの瞳から熱意を感じる。もしかしたらアルナは――。


「なら? 試すか?」


「……ハウア。お前一体何を考えている?」


 ネティスさんの問いに白々しくも肩を竦める。


「確か報酬5千万アウラの護衛の依頼があったよな? しかも『生死を問わず』の、それを受けさせてくれ。特別試験って奴だ」


「ならんっ!! 危険すぎるっ!! 今回とは訳が違うっ!!」


 尋常でないネティスさんの怒声に、堪らず僕達は委縮する。


 だけど今ので分かった。ハウアさんもアルナの想いに気付いている。


 だから背中を押そうと、手助けしてくれている。ほんと……ハウアさんらしい。


 ただキツすぎる。う~ん……。


「ネティスさん。僕からもお願いします」


「ミナト……」


 きっと彼女は暗殺の技術を使って、誰かを護ることができるんじゃないかって考えている。


 できることならそんな危ないことして欲しくないのが本音だ。けどここは自分の道を見つけようとしているアルナを応援してあげたい。


 緊張が漏れないよう僕は拳を握りしめていた。そんな手をアルナがそっと手に取り――。


「ありがとう。ミナト」


 って微笑みかけてくれて、すっと肩の力が抜けていく。


 そうだ。何がなんでも彼女を護る。それだけだ。


「こうなったミナトは梃子でも引かねぇぞ? どうするネティスのおっさん?」


 ネティスさんは溜息まじりに帽子をかぶり直し、そして踵を返した。


「子供のうちからそんなに意地を張りすぎると、私のように堅物になってしまうぞ?」


「お、おっさん?」


 どういうことだ? 僕等の要望を受け入れて貰えたということなのか?


「グディーラ支部長、私は本部へ戻る。いつまでも副会長が不在という訳にも行くまい。後のことは任せる」


「了解しました。では本部までお送りいたします」


「ちょっと待てくれよおっさん。どういうことだ? はっきりしろよ」


 明言を避け、立ち去ろうとしたネティスさん達をハウアさんが引き留める。


「三人だ。最低三人で受けるなら許可しよう」


「と、ということはっ!」


「ハウア。部下二人のことを頼んだぞ。それでは失礼する」


「……ハウア。後で詳細な資料を渡すわね」


 そんな捨て台詞を残して二人は帰っていった。どうにかアルナの願いが通ったみたい。


「ったく、おっさんは……とにかくだ。ミナト、お前はしばらく治療に専念しろっていうことだ。だから大人しく寝てろ」


「ミナト、もう休んだ方がいいよ。大丈夫、側にいるから」


「……うん。ありがとうアルナ。でも体調崩したら悪いしアルナも休んで、じゃないと僕も安心して眠れない」


「うん、ありがとうミナト。私も夜には一旦戻るから、安心して」


 アルナの「私は何処にもいかないよ」と囁かれて間もなく、深い眠りに落ちた。

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