第44話 とびっきりの『元気』になれるお見舞品!? 

「右上腕疲労骨折、7番から12番までの右肋骨骨折、軽度の血胸。各部裂傷に三度の火傷に打撲数か所、左膝に至っては靭帯が延び掛かっている。極め付きは過剰出血による極度の貧血。生きているのが不思議なくらいだ。どうしたらこんなことになるんだい?」


「……あはは」


 笑うしかない。マグホーニーの一件で重傷を負った僕は、アルナ達と一緒に病院へ担ぎ込まれた。


 手術後三日三晩寝込んだ末、今病院のベッドの上にいる。


「たぶん火傷は傷口を塞ぐのに焼いたからで――」


「馬鹿なのか君は?」


 返す言葉もない。もちろんアルナが止血してくれたものだけど、そう言う他なかった。


 執刀してくれたのはいつもの黒眼種のチェーザレット先生。


 目元が蛇の瞬膜に似た遮光膜に覆われているから、表情が良く分からないけど。まぁ……かなりご立腹でいらっしゃる。


「一先ず入院期間は2週間だ」


「ところで先生? 一緒に来ていたアルナとハウアさんは……」


 てっきり一緒に入院していると思ったのだけれど、同じ病室には居なかった。


「ああ……狼人種の男性と、有角種の女の子だね。彼等なら昨日退院したよ。君ほどじゃ無かったからね」


 よかったぁ、二人とも大した怪我じゃなくて。


「ほっとしたかい? なら今は治すことだけに集中しなさい」


 と言い残して、チェーザレット先生は去っていく。


 ありがたい。少し眠かったんだ。全身の力が抜け、僕は倒れるようにベッドに沈み込んだ。





 そして――ひと眠りした昼過ぎ、何かベッドに違和感を覚えて、ふと目が覚めた。


「ん……なんだ?」


 寝惚け眼で首だけ起こしてみると、なんだかブランケットが人一人分ぐらい膨らんでいる。


 腫れが出たのかと思ったけど、なんか妙に温かいし、デカすぎる。


 まるで人肌みたいだなぁ~と思ったところで、恐る恐るブランケットを捲った。


 ――そして一瞬、言葉を失う。


 アルナがいた。しかも僕の身体に密着した状態で。


「あ、ああ、アルナっ!? そんなところでい、一体何しているのっ!?」


「あ! ミナト起きたんだね。良かった……あのね、こ、これはハウアさんがこの格好で、抱き着いてあげれば元気になるからって。凄く恥ずかしかったんだけど、ミナトが元気になるならって……」


 ついまじまじと見てしまう。白いワンピースの看護服にナースキャップ。


 白衣の天使の姿のアルナが今まさに目の前に――堪らない。


「確かに元気にな――じゃなくてっ! それ別の意味で元気になっちゃうやつだからっ!」


「別の意味?」


 小首を傾げるアルナ。なんて可愛い――じゃなくて!


 ふと我に返り、慌てて彼女を引き離す。すると何故か彼女の視線が自分の下半身へと移る。


「あぁっ!? 大変!? ミナトこんなところが腫れてる!? 診せて!!」


 何を血迷ったのかアルナは、ズボンを下ろそうとしてきたっ!


「ちょちょちょっと待って!! アルナっ! これは病気とかそういうんじゃないから! 男の生理現象的な奴でっ!」


 恥ずかしすぎて、火が付いたみたいに顔が熱かったけど必死に抵抗した。


 なんせ男の沽券にかかわる緊急事態だ! それにこの現象は尿意を感じているからそのせい! 誓って欲情したからじゃない!


 というかアルナは男のそういうことを知らないのか!? 暗殺者だったのに!? 


 いやでも今まで箱入り娘だったみたいだし、知らなくても無理もないのかも――と思った矢先。


 突如アルナの右手が煌いた。


「大丈夫。任せて、私の鍼を使えば腫れなんか一発だよ」


 僕は一発で血の気が引いた。


 当然あっちも。アルナの手から手品の如く現れたのは長い鍼。


 そんなものを刺されたら再起不能になってしまう。


「いったい何をやっているんですかっ!? あなたはっ!?」


 虚勢の危機に、颯爽と病室に修道女のセイネさんが登場、いや怒鳴り込んできた。


 腕に綺麗な花を抱えていて、ありがたいことにお見舞いに来てくれたみたい。けどこの状況どうにも間が悪い。アルナは露骨に嫌な顔をしている。


「なんてうらやま……じゃなかった。いやらしい! ミナトさんは怪我人ですよ!? 降りなさい! 悪化したらどうするんですかっ!?」


「あなたには関係ないじゃない! それにこれは治療っ!」


「なぁにが治療ですか! 他に入院している方だっているんですよ! 静かにしなさい!」


 その通りなんだけど、セイネさん。残念ながらあなたも一役買っています。この隙に自分はゆっくりとベッドを出る。


「さっきからうるさいのはあなたの方じゃない!」


「あなたがいやらしいことをし始めているのがいけないんでしょうが!」


 隣のベッドにいたご年配の男性と会釈を交わす。その人とは「お騒がせしてすいません」とか「女の子二人に迫られて実に羨ましい」などと会話を挟んだ。


 滅茶苦茶恥ずかしい、そしてとんでもなく気まずい。


「何を言っているのか全然わかんない! どこがいやらしいっていうのっ!」


「しらじらしい! 殿方に跨って、あまつさえ……ず、ズボンに手を掛けるなんて、それがいやらしいって言うんですっ!」


「はぁっ!? それのどこがいやらしいの!? 全然意味わかんない! というかむしろあなたこそいつもミナトのことをいやらしい目で見てっ! それでも修道女なのっ!?」


「なっ! なななななんてことを言うんですかっ!? べ、べべつに私はいやらしい目なんかで見ていません! 変な言いがかりはやめてください!」


 同室の皆さんへ「本当に申し訳ありません」と深々と頭を下げて僕は病室を後にする。


 普通は怒りそうなものだけど、肩身の狭い自分を、みんな温かい笑顔で送り出してくれて、ほんと胸に染みる。


 とりあえず喧騒から逃れられたことに、ほっと溜息をついて、用を足しに向かった。




 一先ず血尿じゃなかったことに安堵しつつ手洗いから出た途端、身体がふらついた。


 預けられる壁があったのは幸い、無かったら間違いなく床に倒れていた。


「貧血と疲労のせい、だな……」


 やばい、まだ相当ダメージが残っているんだ。


 しばらく寄っ掛かっていよう――と思っていたら、誰かが僕の肩を叩いた。


「よっ! 軟弱君っ! 調子はどうだぁ?」


 うわっ……来たよ。騒動の張本人のハウアさんが。しかもすっとぼけた顔で。


「なんだぁ? 随分調子よくねぇな? せっかく俺様が労ってやったのによ。お気に召さなかったのかよ?」


「労いって……まさか、アルナのあの格好ですか?」


「おうっ! どうだ? 良かっただろ?」


 肩を抱いてくるんだけど、重いんだよ。正直悩ましかったけどさ。現実的に怪我が治ったら苦労しない。


「ぅん? 何かね? その反応は? 随分と堪らなかったようだねぇ~ちみぃ?」


 ぐっ! まったくこの人はまた他人を小馬鹿にして、腹立つなぁっ!


「と、とにかくちょっと一度座らせてくださいよ。立っているだけで辛いんですから」


「お、おう、悪りぃな」


 ベンチに腰を落ち着け、しばらく身体を休ませる。


 急いで病室に戻ってもしょうがない。アルナとセイネさんが騒いでいるだけだろうし。


「あんまりアルナに変なこと吹き込まないでくださいよ。少し世間知らずなところがあるんですから」


「へぇへぇ、でもよかっただろ?」


「……そりゃあ、まぁ」


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